おかやまスケッチ

港湯のこと

NPO法人瀬戸内こえびネットワーク 斉藤牧枝

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  • 2026.02.20

4月18日、瀬戸内国際芸術祭2025 (以下芸術祭)が開幕しました。今回の芸術祭では、私にとって特別な場所がひとつあります。40年ほど前まで、「港湯」という名で営業していた銭湯があった場所です。

私がこの場所を知ったのは、3年前の芸術祭が終わり、しばらくして、移住仲間たちが玉野でのお父さんとして慕う東山明正さん(御年92歳)のお宅にお邪魔した時のことです。みんなで東山さんこだわりのうどんに舌鼓を打った後、ちょっとした用事を頼まれて、勝手口から外に出てみたら、ガレージだと思っていた空間になにやらお風呂とおぼしき構造物があるではないですか!「東山さん、すごいです!ここは芸術祭の会場にできますよ!」興奮気味に叫ぶと、東山さんは、ふんと鼻をならし、だからずっとそう言ってるじゃないかとの答え。いやいや、全然知りませんでしたよ!

その後、東山さんは体調を崩され、しばらく留守にされていますが、芸術祭には全面協力してくださり、中国出身のアーティスト、マフマドマフさんがこの場所を会場に選んでくれました。旧港湯は、アーティスト、作品制作スタッフの奮闘と、東山さんご家族やご近所の方々の協力のもと、ミストに包まれる幻想的な作品空間へと生まれ変わったのです。

開幕を目前に控えた4月16日、ご近所の方々に完成した作品を紹介する鑑賞会を開催。作品に驚き、港湯を懐かしむ方々の思い出話が次々と沸き上がりました。ある方は、港湯は地域の社交の場のような場所であったのだとお話をしてくださいましたが、この日の港湯は、地域の方々も懐かしい友人、かつての隣人が再会する集いの場としてよみがえりました。お風呂の湯気のような霞の中でたくさんの声が重なります。

さらに、この日は待ちに待った東山さんの一時帰宅が実現!東山さんに一目会おうと駆け付けた仲間たちの温かい気持ちもあふれました。

芸術祭の活動をしていると、時折キラキラと強い輝きを放つ瞬間が訪れることがあるのですが、私にとってはこの時がまさにそれ。芸術祭閉幕までには、まだまだ不測の事態や試練が待ち受けているはずですが、ただ今は、この日のことを宝石のように握りしめて離さずに、走っていこうと思うのです。

〈出典〉ふえき 87号(2025年5月25日)