国吉康雄 A to Z

Chicken Yard

鶏小屋

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  • 2023.04.03

国吉や作品にまつわるコラムをA to Z形式で更新します。

1921年 | 油彩 | 50.8cm×40.6cm | 福武コレクション蔵

さぁ、この作品。一見すると、「なんなんだ」と言いたくなる。だがこの作品、確信的なものだとしたならどうだろう。

よく言えば、素朴な味わいのある絵だと言えなくもないこの作品をじっくり見てみる。この鶏。それにタイトルにある鶏小屋の描き方というのは、フォークアートと呼ばれる開拓時代のアメリカの絵画作品の様式によく似る。模倣と言ってもいい。国吉は、自身がアメリカに渡る100年ほど前に描かれた様式を取り入れた。一方でこの不思議な構図は欧米的なものではない。けれど、どこかで見た覚えはないだろうか。想像して見てほしい。この絵が油彩画ではなく、墨による線描だとしたなら。この鶏たちをはじめ、描かれているアイテムを日本画的なものに置き換えみて、例えば若冲の鶏がそこにいたなら。もちろんかなり想像力を逞しくする必要はあるが、鶏や風景の配置が日本のそれだということに気づかないだろうか。これは、遠くのものを上の方に。近くのものを画面の下に配置する鳥瞰法で描いているのだ。鶏は陽光のなか、餌をついばんでいるが、小屋のなかは暗く、止まり木の鶏たちは眠っている。つまり昼と夜、ふたつの時間が絵のなかに存在していて、これも時間経過をひとつの画面のなかに存在させてしまう日本画的な表現だ。

ではなぜ、国吉はこんな絵を描いたのか。この絵は移民である国吉が、その才能を支援するアメリカのシステムや人々によって画家としての道を歩み始めた頃の作品だ。この頃の国吉を評した言葉に、「東と西を心の中で溶かした」というのがあるが、妙に納得をしやしないだろうか。この頃の欧米では、ジャポニズムブームがまだ続いており、日本的な技法を取り入れた絵画作品が流行していた。加えて、「クニヨシ」という名前だ。のちにラジオは、国吉を「日本のスーパースターと同じ名前を持つ」と紹介する。これは歌川国芳のことで、つまりこの作品は、デビューを目指す若い日系の画家の戦略の賜物で、母国の特性とチャンスを与えたアメリカの原点ともいうべき美術表現をそれぞれ組み入れた作品なのだ。そして狙い通り、この作品を始め、国吉最初の個展に並んだ一風変わった作品たちは激賞され、国吉はニューヨーク画壇に鮮烈なデビューを果たすことになる。

更新日:2017.02.28
執筆者:才士真司