助成先を訪ね歩く(取材日:2023年11月6日)

「遊び」という大きな括りで、人が繋がる仕掛けをつくる

にいみ木のおもちゃの会

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  • 2024.03.05

助成を受けた団体が助成金をどのように活用してきたのか、またその活動が地域にどのような影響を与えているのかを取材しました。今回は、にいみ木のおもちゃの会の藤本忠男(ふじもと ただお)さんにお話を伺ってきました。(取材・文/小溝朱里)

新見市

新見市は岡山県の西北端に位置している、人口約2万7千人のまちです(2023年12月28日現在)。2005年に新見市と阿哲郡(あてつぐん)4町(大佐町・神郷町・哲多町・哲西町)が合併し、現在の新見市となりました。

面積は約793平方キロメートルで、岡山県内では2番目に広い市です。北部は中国山地に位置し、夏は涼しく、冬は雪が積もります。黒毛和種「千屋牛」の里として、牛の繁殖や飼育が行われる地です。一方南部は環境が異なり、石灰岩からなるカルスト地形のため満奇洞(まんきどう)や井倉洞(いくらどう)などの鍾乳洞があります。水はけがよく、果樹の栽培地が多いのも特徴です。

また、総面積の86.3%を森林が占めています。継続的な森林整備を行い、将来を見越した森林づくりを進めるため、新見市が「新見市森林整備計画」を策定するなど、林業生産活動の活性化と森林の持つ多面的機能が発揮されるよう様々な取り組みが行われています。

一般社団法人にいみ木のおもちゃの会

一般社団法人にいみ木のおもちゃの会(以下、にいみ木のおもちゃの会)は、生涯木育※による地域活性化を目的に2017年に設立され、2019年に一般社団法人化されました。子どもからシニア世代まですべての人が木と触れ合い、木に学び、木で繋がり、心豊かに育ち暮らせる持続可能な循環型まちづくりの実現を図っています。

※子どもをはじめとするすべての人が『木とふれあい、木に学び、木と生きる』取組で、子どもの頃から木を身近に使っていくことを通じて、人と、木と森とのかかわりを主体的に考えられる豊かな心を育むこと(引用:林野庁「木育をはじめとする木材利用の普及啓発に関する事例集」第1部「木育マイスターの育成」より)

にいみ木のおもちゃの会では、新見産材で作ったオリジナルの木のおもちゃ「クミノ」や、木のジャングルジム「くむんだー」などを使い、以下の活動を行っています。

1.木育に関する体験及び学習活動
2.木製の遊具・玩具の購入・製作・販売及びレンタル
3.官公庁、施設への「木育」マネジメント

例えば、「森のゆうえんちinにいみ」は、新見公立大学と共同主催で開催されています。企画・運営は同大学の学生を中心に行われ、ボランティアには新見高等学校や岡山県共生高等学校の生徒が参加しました。6回目を迎えた2023年は、総勢149名のスタッフ・ボランティアが携わるなど、400名を越える人達と、木育を通した交流に取り組みました。

また、木のおもちゃカフェ、自然体験活動、弦楽器「バンドーラ」制作と演奏などの企画・運営ほか、科学遊びを交えた出前講座の実施、子育て支援など、木育だけではないプログラムも開催中です。新見市を含めた岡山県内各所をはじめ、鳥取県、広島県、大阪府など、依頼があれば場所を問わず活動を展開しています。

できないことを嘆くのではなく、できることを考える

藤本忠男さん

―にいみ木のおもちゃの会を始めたきっかけを教えてください。

藤本(敬称略):設立したのは2017年ですが、木のおもちゃを使った活動は35年ほど前から行っています。始めたきっかけは、小黒三郎さんという組み木作家さんとの出会いでした。

小黒さんは、木のおもちゃ教室を開催するため神郷町の小学校にいらっしゃいました。私は長年小学校教員をしていて、小黒先生の木のおもちゃ教室にも参加し、作品自体に心を惹かれましてね。でもそれ以上に惹かれたのは、小黒先生の組み木への思いだったんです。

小黒先生って、作品のデザインシートを公開しているんですよ。「子どもたちの笑顔と作る人の喜びに繋がることは全部する」と話す、小黒先生の心の広さに心酔しました。それから親子で木のおもちゃを使った遊びができる場を、学校現場以外でも作り始めました。

―木のおもちゃにかかわらず、科学遊びや自然体験活動など様々な要素を組み合わせて活動していますよね。その意図は何でしょう。

藤本:木のおもちゃを軸としつつ、「遊び」という大きな括りで活動することで、孤独を感じたり悩みを抱えたりしている親御さんとも繋がりたいと考えています。

私はずっと、ものづくりや科学遊びなど楽しいことが好きでした。木のおもちゃを使った活動を始めた時から、「自分が楽しく活動したい」という思いは変わっていません。その理由は、長年教員である私が、親御さんのためにできることはないかと考えているからです。

大人が楽しそうにしていると、子どもたちは興味を持ちます。子どもたちが興味を持つと、親御さんも興味を持ちます。すると私が主催するイベントに、足を運んでくださるんですよ。その際に、親御さん同士で友達になったり、悩みを打ち明けたりするきっかけになったらいいなと思っています。

また、にいみ木のおもちゃの会の事業の一つに「子育て支援」があり、保健師さんや内科医さんなどの専門家や、子育て支援団体などと親御さんを繋げられます。「遊び」という観点から、人が繋がる仕掛けを作っていきたいのです。

―来場者は親子が多いと思いますが、主催者側を見ると学生が多く関わっているのも印象的です。

藤本:学生との関わりについては、人が繋がるだけでなく「次世代に繋げる」ことを意識しています。学生たちには今後、自分がやりたいことを実現してほしいので、その力を養ってもらえるようなことを提供したいなと考えています。

例えば私が他団体と連携したり、行政に提案したりする時は、「自分たちがやりたいことをいかに自分事にしてもらえるか」を考えて思いを伝えているんです。やりたいことがあっても、発信しないと伝わらない。賛同してもらえないと、実現できない。どのようにやりたいことを実現していくのか、私の近くにいる学生は私と一緒に経験してもらっているんです。

―「自分にできることは何か」と、常に考えているのですね。

藤本:30年前、特別支援学校の寄宿舎で舎監長をしていたことがありました。そこで出会った親御さんの言葉が、自分にできることは何かを考えるきっかけでした。

重度の障害を持った子どもさんのお母さんで、「誰かに頼ろう、と踏ん切りがついた時がありました。自分一人で抱え込まない。みなさんにリスペクトは持ちながらも、言いたいことは言う。そして感謝の気持ちは忘れない。そうやって生きようと思った」とおっしゃったんです。

それ以降は、できないことを嘆くのではなく、できることを考えて自分事化して行動しようと思うようになりました。私と関わる学生には、その力をつける一つの機会になったらいいと想っています。

―活動を続けてきてよかったことを教えてください。

藤本:ウッドデザイン賞のソーシャルデザイン部門コミュニケーション分野にて、計4回受賞(2018年、2019年、2021年、2023年)できたことです。

2023年は広島県の三良坂平和美術館で開催した「木のおもちゃでできること」の企画展の内容で受賞しました。「美術館を舞台にした、子どもや大人、とくに赤ちゃん連れの家族が、木のおもちゃで遊び、体験することで木の良さを感じるとともに参加者の交流も促す」ことを評価いただいたようです。地方美術館をはじめ、様々な場所が親子にとって開かれた場所になるといいなと思っています。

また、「新見という田舎の地でも、意味のある活動をしていたら正当に評価してもらえる」ことが、特に地元の方や学生たちに伝わったら嬉しいです。

助成団体対象の交流会が、連携事業のきっかけに

にいみ産の木で製作した「クミノ」

―なぜ福武教育文化振興財団の助成を受けたのですか?

藤本:色々な助成金を調べたのですが、上限30万円という少額の助成金がなかなかなかったからです。地域で小さく何かを始めたい時に、ちょうどいい助成金だと思いました。

また助成を受けたことは、福武教育文化振興財団さんに認めていただけた証になります。私たちの活動ややりたいことを周りに伝える時に、協力が得やすいのではと感じました。実際、行政からの後援申請が通るなど、活動の展開をサポートいただいているなと思っています。

―当財団の助成を受けてよかったことは何ですか?

藤本:交流会や成果報告会で、助成先の方々と繋がれたことです。交流するなかで、その方が活動している地域の子育て支援の状況などを教えていただくと、私たちの活動の参考になります。

現在は、交流会を通して出会った県内外の方々と連携し、遊びの出前講座をしているんです。過去にも、私たちがなかなか足を運べなかった地域の方と連携するきっかけを作れたので、人と繋がれる機会はありがたいなと思っています。

また、助成金申請から報告書提出までの一連の流れは、活動の意義を認識できるいい機会になるなと感じました。なので今は、学生たちに経験してもらっています。学生たちがやりたいことを、学生たち自身で実現できるようにサポートしたい。その一つの方法としても、助成金制度を活用させていただいています。私にとっても、学生たちにとっても、貴重な経験です。

―今後の目標を教えてください。

藤本:かつてNTT ドコモのCMで流れた「森の木琴」を作りたいんですよ。演奏したい曲を決めて、その音階に合わせた木琴の板を作り、森の中に設置して木の球を転がします。斜面の上から下に向かって音階の板を並べることで、球が転がり、音が響き、完成された楽曲となるんです。わくわくしませんか?

これも、木育を通して人との繋がりを作り、地域を活性化する方法だと思いました。誰とどこで木琴を作るか、その出会いと体験によって、唯一無二の木琴を作れる。ものを作るだけでなく、交流が生まれ、次世代に繋ぐ何かも生まれるはず。このように、今後も循環型の地域を作る活動を続けていけたらと思います。

左:和田広子財団職員

おわりに

「森を守りましょうとストレートに言っても、実感できる人は少ない」、藤本さんはそう話していました。だから「遊び」の要素を取り入れて、老若男女問わず楽しめる場に木のおもちゃを置く。遊ぶ人によって使い方が変わるから、コミュニケーションが生まれ、誰かと繋がる機会になる。そんな体験を提供しながら、新見という地域に向き合われています。「できないことを嘆かず、できることをやる」藤本さんのような姿勢が、地域を未来に繋げていくのだなと感じました。

にいみ木のおもちゃの会
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