助成先を訪ね歩く(取材日:2025年5月2日)

地域の伝統を、時代に合わせて残し続けていくために

霜月祭実行委員会

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  • 2025.06.11

助成を受けた団体が助成金をどのように活用してきたのか、またその活動が地域にどのような影響を与えているのかを取材しました。霜月祭実行委員会の入江正親(いりえ まさちか)さんと青木瑠音(あおき るね)さんにお話を伺ってきました。(取材・文/高石真梨子)

真庭市余野地区

真庭市は、北は鳥取県に接し、東西に約30km、南北に約50kmの広がりを見せる岡山県で最も大きな自治体です。市役所などがある中心部から車で15分ほど走り、目木川の両岸に民家や田んぼが点在する地区が、余野地区です。

人口300人程度、周囲を山で囲まれ、豊かな水資源にも恵まれ「日本の原風景」のような景色が広がるこの小さな集落は、真庭市最東端に位置します。

地区内にある真庭市立余野小学校は、設置学級三学級・全校児童11名(2025年5月現在)と小規模ながらも、卒業生たちを中心に地区のみんなで小学校を中心とした余野地区を大事に守り続けています。

参考資料
真庭市の概要 – 真庭市公式ホームページ
関わりシロの多い地域~余野地区~ | COCO真庭~COCOMANIWA~ |
余野HP
余野小学校 – 真庭市公式ホームページ

霜月祭

余野地区にある大津神社は、約700年前に信州戸隠村(現在の長野県長野市)にある戸隠神社から分霊を勧請(かんじょう)。当時信州に行った「九名(くみょう)」を中心に、その分霊を大切に守り続けてきました。

九名の中から決められた「頭屋」と呼ばれる当番は、一年間自宅の庭先で神様を守ります。そして、毎年旧暦の11月8日に「頭屋渡しの儀」で次の当番へと引き継がれます。約700年にわたって続いてきたこの儀式は大津神社で執り行われ、「霜月祭(しもつきさい)」と呼ばれてきました。

写真提供:霜月祭実行委員会

今できるやり方で「霜月祭」を残すために

―霜月祭実行委員会が発足したきっかけを教えてください。

入江(敬称略):地区で受け継がれていた伝統を、地区外の人たちも参加できる仕組みへと形を変えつつ「霜月祭」を後世に残していく必要が生じたからです。

というのも、霜月祭は、九名(九部落)が揃っているから成り立つ伝統でした。しかし、高齢化により部落の数が減ってしまい、2020年以降は代々続いてきた形式での霜月祭を続けられなくなってしまいます。

そのような中、何かしらの形で「霜月祭」を残したいと考えた九名のメンバーで霜月祭実行委員会を立ち上げ、今できるやり方で霜月祭の名前を残すことになりました。

現在は、次世代に余野地区の歴史・文化を伝えることを目的に、5月に神事で使うお餅の苗を手植えし、9月にその稲を刈って、10月末に稲を使ったしめ縄を作ります。そして、12月の第一土曜日に餅つきをして、翌日に霜月祭を開催することになりました。

写真提供:霜月祭実行委員会

田植えから収穫までは、地区内にある真庭市立余野小学校と共に手を取り合って進めています。

また、育てているもち米は、余野地区で昔から作られている黒色の古代米です。通常のもち米と比べて稲の背が高く、倒れやすく、一つの稲から採れるもち米の数も少ないので、市場には出回りません。しかし、甘味や食べ応えのあるもち米なので、地区の人たちはこの古代米から作るお餅を毎年楽しみにしています。

写真提供:霜月祭実行委員会

霜月祭当日は、慣習どおりに大津神社に餅を奉納し、本殿から餅を投げる「餅投げ」をします。ただし、この餅を投げられるのは九名に拘らず、その年に入学や就職などのお祝い事のあった地区の男性であれば、九名に限らず餅を投げられるようになりました。 

また、霜月祭当日は餅投げの後に「よのぬくぬくまつり」というマルシェイベントも開催しています。

―霜月祭の在り方が変わって、地域の住民の反応はどうでしたか。

入江:地域の人たちにより開かれた祭りになったことを、住民も好意的に受け入れてくれています。

特に、餅投げの舞台は、大津神社の本殿という神聖な場所です。本殿は、神主さんはもちろんのこと、九名のメンバーも霜月祭当日以外は入れないような場所でした。餅投げの条件をひろげたことにより、本殿に地域の子どもたちが多く上がるようになりました。実際に、餅を投げた子どもやそのご家族からは「名誉ある行事に参加できてうれしい」と喜びの声をいただいています。

写真提供:霜月祭実行委員会

参加者だけでなく、運営にも、霜月祭実行委員以外の地域の人たちが携わってくれるようになりました。この取材に同席してくれている青木さんも、実行委員会を立ち上げて以降の霜月祭の運営に携わってくれるようになった一人です。

青木(敬称略):私は、余野小学校の卒業生を中心としたメンバーで地域の活性化を目的に活動する「つつじ会」でも活動をしています。

地区内にある真庭市立余野小学校は、全校児童10人前後のため、以前から何度もほかの小学校との統合の話が出ていました。しかし小学校がなくなったら、ますます地区全体の高齢化が進んでしまいますよね。

そこで、小学校を存続させるために、地域が活性化する活動を続けているのが「つつじ会」です。

会のメンバーは、15名ほどの中学生〜20代までの男女です。霜月祭のお手伝い以外にも、地区の運動会の運営などもサポートしています。

写真提供:霜月祭実行委員会

―形を変えた霜月祭も6年目。現在の心境を教えてください。

入江:まずは、「霜月祭」の名前や12月第一日曜日に大津神社の境内にたくさんの人が集う伝統を残せたことに、私たち実行委員は安堵しています。回数を重ねることで、この新しい霜月祭を恒例行事として運営していく力が付いてきたとも感じているところです。

と同時に、「つつじ会」をはじめ霜月祭に関わる人たちの輪が広がってきています。もっと周りを巻き込んで、たくさんの人たちが来てくれるお祭りにしていきたいです。

「霜月祭」をきっかけに、余野地区を好きになってほしい

―なぜ福武教育文化振興財団の助成を受けようと思いましたか。

入江:霜月祭の名前を残していくにあたり、資金面に不安があったからです。

今まで九名の力だけで運営していた霜月祭の存続が厳しくなった原因は、人手が足りなかったことです。運営する人数が減少することで、資金も足りなくなります。

余野地区は、小さな地域です。私たちが「霜月祭」の名前と伝統を残し続けたいと霜月祭実行委員会を立ち上げたことは、地域のみんなが自然と知っていました。「つつじ会」と協力することになったのも、自然な流れです。

それと同じように、余野地区に関わる人の中で助成を受けた経験のある人が、福武教育文化振興財団のことを教えてくれました。そこで、助成の経験者や「つつじ会」のメンバーでもある青木さんに実行委員会に入ってもらって、申請に至りました。

写真提供:霜月祭実行委員会

―当財団の助成を受けて、良かったことは何ですか。

入江:古来の慣習に従った「霜月祭」は2019年が最後になりましたが、翌年の2020年から現在まで新しい形の「霜月祭」として、その名前が途切れずに続けられたことです。今できるやり方で「霜月祭」を残すことが大きな目的だったので、それを達成できていることが、なによりもありがたいです。

また、行事のたびに助成金を活用して、プロのフォトグラファーも招いています。フォトグラファーは余野地区に縁があり、これまでもボランティアで他の活動に関わってくれた方々です。霜月祭の趣旨や地域のこともよく理解してくれている彼らに、無理なく継続的に活動に関わってもらえる方法を考えた結果、助成金を活用し、お仕事として記録写真をお願いすることにしました。

撮ってもらった写真は、記録に残すほか、SNSやPR用の冊子の作成に活用しています。たくさんの人に余野地区のことや「霜月祭」のことを知ってもらい、余野地区に足を運んでもらうきっかけにしたいです。

―今後の目標を教えてください。

入江:私自身、霜月祭実行委員会での活動をとても楽しんでやらせていただいています。余野地区の伝統を知る人たちからもっと学んでそれを祭りに生かしていきたいですし、霜月祭を余野地区以外の人たちにも広めていきたいです。

九名で運営する霜月祭が時代にそぐわなくなってしまったように、現在の霜月祭もその時代に合わせながら、そのときにできるやり方で残し続けたいです。

そして、霜月祭をきっかけに余野地区へたくさんの人に来てもらい、この地区が好きで移り住んでくれる人が増えることで、空き家が減ったり小学校が今以上に賑わったりする地区にしていきたいと思います。

おわりに

手前:和田広子財団職員

古くからある伝統の形を変えることは、簡単なようで葛藤も数多くあることだろうと思います。このような中「若者とともに、今できるやり方で霜月祭を残したい」と語る入江さんは、地区に移住してきた海外の方とも積極的に交流されているそうです。昔から受け継がれてきた文化も新しく入ってきた文化も、どちらもおもしろがれる入江さんの人柄も、霜月祭が継続している秘訣のひとつのように感じます。

入江さんと青木さんは親子以上に年の離れていますが、言葉の端々から「余野地区が好き」「余野地区をさらに盛り上げたい」という同じ気持ちや志が伝わってきます。

地区の大人たちが次の世代とともに手を取り合いながら、残すべきところは残しつつも時代に合わせて形を変えながら続く地域のお祭り。地区の人々と霜月祭がどのように歩んでいくのか、これからの活動に期待が高まります。

成果報告書も併せてお読みください。
https://www.fukutake.or.jp/archive/houkoku/2023_017.html

霜月祭実行委員会
岡山県真庭市余野
問い合わせ先
shimotsuki.fes@gmail.com
公式Instagram