助成先を訪ね歩く(取材日:2023年7月26日)

地域全体で高校生の進路に活きる活動を

邑久高等学校セトリー運営指導委員会 矢野祥子

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  • 2023.09.26

助成を受けた団体が助成金をどのように活用してきたのか、またその活動が地域にどのような影響を与えているのかを取材しました。今回は、瀬戸内市邑久町にある「邑久高等学校セトリー運営指導委員会」の矢野祥子(やの さちこ)さんにお話を伺ってきました。(取材・文/小溝朱里)

岡山県立邑久高等学校

岡山県立邑久高等学校(以下、邑久高校)は、瀬戸内市邑久町にある高等学校です。普通科と生活ビジネス科が設置されていて、普通科には「文系」「理系」「美術重視」「看護重視」の4つのモデル、生活ビジネス科には「情報ビジネスコース」「保育・食物コース」の2つのコースがあります。

邑久高校が目指すのは、「確かな学力」「コミュニケーション能力」「マナーと社会性」を身に付け、地域創生・地域活性化に貢献できる生徒を育てることです。さらに、総合的な探究の時間内で実施されている地域探究活動「セトリー」を通して、「主体性」「協働性」「情報活用能力」「課題解決能力」を身に付ける機会をつくっています。

邑久高等学校セトリー運営指導委員会

写真提供:邑久高等学校セトリー運営指導委員会

邑久高等学校セトリー運営指導委員会(以下、セトリー運営指導委員会)とは、邑久高校独自で実施している地域探究活動「セトリー」の運営において、活動に参加したり、活動方針の助言を行ったりしている団体です。邑久高校の教員をはじめ、大学教員や瀬戸内市職員、地域の福祉施設や地元企業の職員などが所属しており、2023年度は外部委員11名と教員で運営しています。

セトリーとは「Be a SETOUCHI Leader!」の略称で、地域の魅力と課題を学び、地域の活性化に貢献するリーダーを育成することが目的です。週に1回の「総合的な探究の時間」にて実施しています。

1年生では地域を知り、2年生では取材や現地視察などを通して地域を探究し、3年生では専門科目に特化してさらに地域課題の研究を行うなど、3年間を通して情報活用力や課題解決力を身に付けていく内容です。

毎年1月には実践報告会があり、生徒が校内外に向けて活動報告と成果発表する場を設けています。邑久高校進路指導課課長であり、セトリー運営指導委員会の一員でもある矢野祥子さんに、これまでの歩みを伺いました。

探究した経験が進路選択の自信に

―セトリーが始まった経緯を教えてください。

矢野(敬称略):邑久高校での学びをもっと魅力的なものにしたいと考え、岡山県教育委員会から「おかやま創生高校パワーアップ事業」の指定を受けたのが始まりです。3年間実施したことで、地域との繋がりができ始めていたので、その後も学校独自の取組として継続していくことにしました。

初年度はインターネットや本など、学校内で調べたことを発表するに留まっていましたが、2年目から現在に近い形で実施しています。グループごとにテーマを決めて、地域に出て行き、色々な人と出会って話を聞きながら地域課題の解決方法を考える、という内容です。

―例えばどのようなことを探究しているのでしょうか。

矢野:2023年度は、ふるさと納税について調査しているチームや、株式会社岡山村田製作所のノベルティを社員の方々と一緒に考えているチームなどがあります。

テーマを決めているのは生徒自身です。先輩たちの話を聞いて、テーマを引き継ぐグループもあれば、新しいテーマを選ぶグループもあります。セトリーを続けるなかで繋がりのある地域の方々が増えてきたので、瀬戸内市役所や企業のみなさまから「高校生の意見がほしい」と相談を受ける時もあります。

―セトリーの実施は、国語や数学などの教科を教えるのとは違う難しさがありそうです。

矢野:そうですね。教員も答えが分からないという点では、難しさがあります。でも分からないからこそ生徒と一緒に考えて、体験して、課題解決のための答えを見つけていく過程を大切にできるのだと思います。

セトリ―の様子(写真提供:邑久高等学校セトリー運営指導委員会)

セトリーを続けるうえで、セトリー運営指導委員会の外部委員のみなさんの存在は本当に大きいです。学校のカリキュラムとして取り入れる以上、生徒にとって意味のあることができているかを常に考えながら、助言をいただいています。

教員は地域について十分に知識があるわけではありません。転勤もありますし、そもそも瀬戸内市出身者が少ない現状があります。地域をよく知る方々に支えていただくことで、セトリーは成り立っているのだと思っています。

―セトリーを実施するようになって、どのような成果がありましたか?

矢野:セトリーだけが要因ではないかもしれませんが、邑久高校の受験者数が増えました。数年前までは定員割れしていたのですが、2022年度は岡山県内の普通科で最も倍率が高くなりました。「セトリーで地域のことを学びたい」と話す中学生が増えていて、嬉しく思っています。

また卒業後の進路を自信を持って選べる生徒が増えました。例えば経済学部を志望する生徒がいた場合に、以前は目指す理由が曖昧だったり、消去法で学部を選んだりする生徒もいました。

セトリーを行っている今、高校で取り組んできたことや現在自分が関心のあることと関連付けて「なぜ経済学部を目指しているのか」という理由を明確に話せる生徒が増えています。選んだ進路に根拠を持てるようになり、大学受験や就職試験の面接で自分をアピールしやすくなったようです。

今はセトリーが、生徒たちの進路を考える上で、なくてはならない存在になっています。

高校生の人生の選択肢を広げたい

実践報告会の様子(写真提供:邑久高等学校セトリー運営指導委員会)

―福武教育文化振興財団の助成を受けた理由を教えてください。

矢野:セトリーを始めて3年間は岡山県の予算で運営していましたが、4年目以降継続していくうえで、資金を集める必要がありました。生徒が会いたい人のところに会いに行くための交通費や、取り組みたいことを実現する活動費などに充てるため、福武教育文化振興財団の助成を申請させていただきました。

―当財団の助成を受けてよかったことは何ですか?

矢野:助成金の使い道の自由度が高いことです。

セトリーは2年生になってから生徒自らテーマを決めているのですが、交通費などに充てる活動経費は年度が変わる前に用意しておく必要があります。テーマや取材先が決まっていない状態で助成金等を申請する場合、活動が進む中で新たな計画や活動が生じたときにも、対応できるようにしておく必要があります。

資金の活用方法を細かく設定する助成先が多いなか、福武教育文化振興財団の助成金は自由度が高くて大変助かっています。2022年度は交通費を当初の予定ほど使わなかったので、費目間流用できるかどうか財団に相談して承諾をもらい、セトリーの紹介パンフレットをたくさん作成することができました。校外の方や地元の中学生に活動を紹介する際に非常に役立っています。

―セトリーを通して、生徒に感じてほしいことがあれば教えてください。

矢野:色々な人と実際に会って、交流してほしいなと思います。高校生が知っている世界はまだ狭いので、セトリーを通して自分が知らない世界を見たり、人の思いや生き方に出会ったりしながら、人生の選択肢や考え方の幅を広げてもらえたら嬉しいです。

仮にうまくいかないことがあったとしても、それも大切な経験ですよね。「もっとこうすればよかった」という思いを、今後の人生の糧にしてもらえたらと思います。

セトリーを行うからといって、必ずしも瀬戸内市や今の居住地に住むとは限らないかもしれませんが、邑久高校のある瀬戸内市で過ごす3年間の経験を生かして、将来自分が住む地域を支えられるような人に育ってもらえたらと思っています。

おわりに

右:和田広子財団職員

成人年齢が18歳になった今、高校生は誰もが社会に出る一歩を踏み出す年代になりました。子どもから大人になるタイミングに、身近な場所で活動する大人の話を聞いたり、実際に働く様子を見たりしながら学べるセトリーは、高校生一人ひとりの将来により影響を与える活動になるのだろうなと思います。

また運営においては学校だけでなく、外部から助言する立場としてセトリー運営指導委員会があることで、高校生の成長を地域全体が支えているのだと感じました。以前は当たり前だった「地域全体で子育て」する環境は、今後は教育機関との連携によって新たな形で実現されていくのかもしれません。セトリー運営指導委員会は、その先駆的な事例だと思います。

邑久高等学校セトリー運営指導委員会
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