福武教育文化振興財団

ホーム > 財団と人 > #13 平田オリザさん
財団と人

#13 平田オリザさん | 劇作家/演出家

プレゼンテーション:2017.01.14

「課題の現場から
  文化芸術立国を提唱する」

2017年1月14日にJunko Futake Hallで開催された福武教育文化振興財団30周年記念フォーラム「ここに生きる、ここで創るvol.6」―地域にこそ在る最先端でパネリストの方がお話された概要をご紹介します。2回目は、平田オリザさん(劇作家/演出家)です。

こんにちは。平田です。さきほどパネラーで食事をしてたのですが、中島さんがネクタイをしてきたので、あわてて僕もトイレでネクタイを締めてきました。さらに近藤さんがこんなに直球勝負のお話をされると思ってなかったので、さらにどうしようかと動揺していますが、PowerPointをすでに送っているので、話を変えるわけにもいかず、やってきたことの話をさせていただきます。

この数年、地方創生ということが強く言われています。特に、その中核は、人口減少対策です。今回の地方創生の目玉は、とにかく人口減少対策について何かアイディアを出せ、アイディアを出した自治体には予算を出しますよというのが、今の安倍内閣の方針です。

それゆえに私のような者にまで、何か人口減少対策の話をしろという依頼がくるわけです。劇作家に人口減少対策を聞くというのは、この国もいよいよ危ないのではないかと思うのですが、一方で、劇作家というのは目の前のお客さんをとにかく楽しませるという強迫観念があります。なので何かしゃべらないといけないと考えました。

考えたのが、せっかく近藤さんの高尚なお話からレベルが下がるわけですが・・・スキー人口が極端に減っているのは皆さんご承知の通りですが、どのくらい減っているか知っていますか。数字を見てびっくりしたのですが、この20年間で3分の1以下になっています。1993年が1番多い年で、そこから3分の1になりました。スノボは増えているのですが、足しても半分以下です。なぜこんなに減っているのかと、私も考えました。もちろん理由はいくつかあります。よく言われるのは趣味の多様化です。93年はまだインターネットもない時代です。今はスマホとかゲームとかいろんなものがあります。もちろん若者たちの可処分所得も減っています。若者の貧困の問題があります。それから一説によると、若い奴らは根性がなくなって寒い所に行かなくなったとか。ただ、これは海水浴もテニスも減っているので、それだけではないですね。そして、もちろん一番言われるのは若者人口そのものの減少です。5千万人から4千万人に減っています。これもすごいですね。たった20年で、一千万人減ったわけです。ただし比率で言うと、2割しか減ってないのですが、スキー人口は半分以下になっています。

劇作家なりに、どうしてだろうと考えました。要するに「若者人口が減ったからスキー人口が減った」と統計学者や観光学者、あるいは行政の専門家たちは言います。でも劇作家はそういうふうにものを見ないということをお話しています。若者人口が減ったからスキー人口が減ったのではなく、スキー人口が減ったから若者人口が減ったのです。もう一回言います。スキー人口が減ったから若者人口が減ったのです。スキーは、少なくとも私たちの世代から上の、1990年代初頭までに大学生活を送った人間にとっては、20代の男性が女性を一泊旅行に誘える最も合法的な手段でした。これが減ったら当然少子化になります。つまりいつ出会うのですかということになるんです。もちろんスキーは象徴的なものにすぎません。町の中にライブハウスとかジャズ喫茶とか古本屋さんとか、そういった出会いの場を全部奪っておいて、行政が慣れない婚活パーティをするというのが今の現状です。イオンでは恋は生まれないのです。

僕は仕事柄よく図書館に行きます。先日も岡山県瀬戸内市の新しいすばらしい図書館のシンポジウムに呼んでいただきました。図書館行政にもよく呼んでいただくのですが、おすすめしているのは、これから公共図書館も売れ筋の本は高いところに置きなさいと言っています。韓流ドラマとかだいたい恋のきっかけは高いところの本を取ってあげたりとか、1つの本を同じ人が取ろうとするときです。そういう偶然の出会いの場所を作っていかないといけない。

都会の問題はライフワークバランス、特に待機児童問題、これはもちろん、非常に深刻な問題です。今、霞が関、虎の門で考えているのもほぼこちらです。緊急の問題だから解決していかないといけないのですが、地方ではそうではないのです。地方の問題は、非婚化晩婚化の方が問題なわけです。地方においては結婚した世帯の出産率はあまり変わってないか、上がっているぐらいです。もちろん恋愛も結婚も出産も全く個人の自由です。だから逆に行政が手を出せる領域は少ないはずです。

なぜ非婚化晩婚化になるかというと、特に地方に住む若い女性たちは口をそろえて、「偶然の出会いの場がない」と言います。それから高校が少ない地域では、1つの地域に3校ぐらいしか高校がないと、完全に学力で輪切りにされてしまうので、高校進学時点で社会的な階層化が起こってしまいます。もっと厳しい言い方、誤解を受けやすい厳しい言い方になりますが、残念ながらまだ日本では、女性の方が男性よりも高学歴の結婚の例は非常に少ないです。そうすると、女性がその地域のトップの進学校にいった場合は、その女性は結婚するためには同校の生徒か、都会に出ていく以外に結婚する割合がすごく低くなります。もちろん全部個人の問題ですから例外はいくらでもありますが、全体の統計を見るとそうなります。高校の細分化や階層化が進んでしまうと、今は女性の方が成績がいいですから、どんどん女性が高学歴化して、当然、出会いの場が少なくなってしまうということです。

自分に合った仕事を中核にしながら
様々な収入源を確保

もう一つは、私は大学の教員を16年やっていますが、自分の出身の田舎は雇用がないから帰らないという学生に会ったことがないんです。皆さん雇用がない雇用がないと言うのですが、雇用はありますよね。例えば一番雇用が厳しかった高知県が昨年有効求人倍率が1.0を超えました。安倍さんは国会で胸を張られたわけですが、これは雇用が増えたわけではなく、若者の人口が極端に減ってしまったために、人手不足になってしまったのです。雇用はあるけれど、ほとんどの学生たちが田舎はつまらないから帰らないと言います。僕は首長さんたちに、つまらなくない町を作ればいいじゃないですか、出会いがある町を作ればいいじゃないですかとよく言うんですが、政治家はちょっと口が裂けても言えないのです。つまらなくない町を作ると言うと、その瞬間に今の自分の支持者たちは、つまらない人だと言っているように聞こえてしまうので、なかなか口に出して言えないことです。でも現状はそうです。若者たちが帰らないのは、もちろん雇用の問題は大事ですが、雇用の問題だけではないのです。

たとえば、私が数カ月前に出演したNHK山形が制作した人口減少対策の番組では、東北のNHK各局が、東京に住んでいる東北出身の女性たちに「Iターン、Jターンを拒む理由は何ですか」と大規模アンケート調査をしました。1番の問題は雇用ですが、これは雇用がないのではなくて、「自分に合った職があるかどうか不安」ということでした。でも、その人たちが東京で自分に合った仕事をしてるのかというと、まずしてないです。かえってブラック企業とかに勤めてます。一方地方はどうか。地方都市出身の方はわかると思うのですが、自分に合った仕事がないのではなく、自分に合った仕事だけでは生活できないのです。Iターン、Jターンが増えている町は収入源をたくさん持っています。かつての村落共同体は、一人が一つの仕事をして終身雇用という経済活動ではなく、一人が複数のポジションをこなさなければ共同体が運営できなかったのです。

たとえば奈義町。奈義町はIターン、Jターン者のために、仕事コンピというのを作っています。奈義町役場はすごくリストラして職員を80人にしたので、アウトソーシングをたくさんしています。町役場や企業が協力して子育て中のお母さん方でも、1日2時間でも3時間でも仕事ができる地域を作ろうとしています。

Iターン、Jターンで成功している自治体はそういうふうに仕事の仕方をフレキシブルにしています。たとえば、地方ではWEBデザイナーだけでは月収10万円に満たないかもしれないが、月に5日間は農作業を手伝い、3日間はベビーシッターをする、そういうふうに細かく収入源を分けていくと、月収15万、20万確保できます。家賃はただみたいなものですし、農作業を5日間も手伝えば、農産品は山ほどもらえますし、暮らしていけます。自分に合った仕事だけでは生きられないけれども、自分に合った仕事を中核にしながら様々な収入源を確保できる自治体が成功しています。

アンケートの2番目の答えは、自分の居場所や楽しみがあるかどうかでした。かつては、雇用、医療、教育、交通ぐらいだったのですが、今は雇用、文化、教育、医療という順番です。教育と文化がしっかりしていないと、若者たちが、特に若い子育て中の世代は戻って来たり、移って来てくれない時代になってきています。

今日は教育の話もするように言われているので、先に教育の話をしておきます。今、教育界の最大の話題は、大学入試改革です。2020年に入試制度が変わって、今のセンター試験が廃止されて、1点刻みにしない1次試験になります。Aランク、Bランク、Cランクみたいになるでしょう。それで、受けられる大学が決まります。文科省は大学側には2次試験は潜在的な学習能力を問うような試験をしなさいと言っています。大学に入ってからの伸びしろを測るような試験。そもそもこれはむちゃぶりだと思うのです。そんなのがわかるなら高校でやっとけよという話になります。しかし、文科省はむちゃぶりが好きな省庁ですので。

ではどんな能力が問われるのか。思考力、判断力、表現力。このあたりは今までも問われていました。最近言われてきたのが主体性、多様性、協働性、を問うような試験です。どんな試験でしょう。僕は岡山の向かいの香川県の善通寺というところにある四国学院大学の学長特別補佐をしています。そこで大学入試改革に取り組んでいます。地方の小さな私立大学ですので、生き残りをかけて前倒し実施で、昨年から指定校推薦を、この新制度入試で実行しています。今年は一般推薦もこの新制度にするということで、入学者の3分の1が新制度入試で入学しています。どんな試験をするかも公表しています。たとえば、レゴで巨大な艦船を作る。これは数年前に「レゴで巨大な戦車を作る」という問題がオックスフォード大学で実際に出ました。設計図を作って役割分担して作業工程を決めて、地道な手作業をいとわない、様々な能力をみる試験です。

他にも、これは実際に高校で行う教科間連携といって、体育の先生と社会科の先生が一緒にする授業からの出題です。AKBとももクロと妖怪ウォッチのダンスを実際に踊って、そのビジネスモデルの違いについて考える。AKBはみんなのアイドルなので、踊りやすいダンスでないとだめです。だから「恋するフォーチュンクッキー」をみんな踊ってYouTubeにのせましたね。薄く広くCDを売っていく商売なので、そのようなダンスになっています。ももクロは10万人のファンクラブを囲い込んで、その人たちが来るとライブで2万円、3万円のグッズを買って帰る応援型のアイドルなんです。だから頑張っているように見えるダンスでなくてはいけません。実際に踊ってみると、ものすごく汗をかきます。妖怪ウォッチは、子どもが妖怪ウォッチを買うわけではないのですね。お父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃんが買ってくれるわけです。だからおじいちゃんおばあちゃんから見て、かわいく見えるダンスでないといけない。高校生はダンスが大好きです。でも、君たちが無邪気に踊っているダンスの裏側に、大人の事情があって、ビジネスモデルがちゃんとあるんだよという社会の仕組みについて関心を持ってもらう授業を実際にしようとしています。

こういうものも試験問題としても出てきます。評価のポイントもきちんと分かれています。もちろんこれだけではなくて、その後に面接もして、どういうふうに考えたか、そういうのも入れて採点をしていきます。

四国学院大学で実際に出した問題を紹介します。以下の題材でディスカッションドラマ、討論劇を作りなさい。四国の大学なので、2030年に日本が債務不履行、デフォルト状態になって、今のギリシャみたいな状態になって、国際通貨基金(IMF)の管理下に置かれました。IMFからは本四架橋3本のうち、2本廃止しなさいと通告が来ました。さあどの2本を廃止しますか。兵庫県、岡山県、広島県、徳島県、香川県、愛媛県、各県代表と司会7人でディスカッションドラマを作りなさいという問題です。

その日に初めて会った高校3年生7人が別室に連れて行かれると、コンピュータが2台置いています。検索可、全面検索可にしたのは、たぶん初めての大学入試問題だと思います。実際にはこういう入試は始まっていますが、私の聞いたところでは今年度からお茶の水大学は一部の入試は図書館で行うそうです。要するに調べる能力や検索する能力がこれから大事ということです。鎌倉幕府が何年に開所されたかを覚えておく必要はあるのでしょうか。全国の中学生は「これ覚えておく必要あるのかな」「検索すればいいじゃないか」と内心つっこみを入れていると思います。この試験は7人一組なんですが、パソコンは2台しか置いていません。誰が検索をするか、どのタイミングで検索をするか、得た情報をどう使うかが問われます。しかも採点項目では、検索の上手い子が高い配点がもらえるわけではなくて、「検索うまいね、俺はメモ取るわ」というふうに自分の役割をきちんと担える子が一番高い点数を取れるようになっています。

文化資本はだいたい
20歳までに形成される

さて、私たちが危惧しているのは、地域間格差が広がることです。今東京の中高一貫校は雪崩をうって、最近の言葉でいうアクティブ・ラーニングという参加型、ディスカッション型、ワークショップ型の授業を導入しています。しかし、地方の進学校は全くこれに順応、対応していません。いまだに受験科目だけを教えています。私は大阪大学の教員もしていて、大阪大学の大学院で先端的な試験を作ってきました。そこで世界中の入試についても調べたのですが、オックスフォード大学にしろ、マサチューセッツ工科大学にしろ、スタンフォード大学にしろ、出題者たちが必ず言うことは、「受験準備ができない問題を毎年考えるのは難しい」です。受験準備ができない問題を考えるのが難しいということは、逆に考えれば、高校側からすれば、進路指導、受験指導ができないことになります。今までなら岡山大学に入るなら英単語4000、阪大なら5000、京大なら6000を覚えなさいという先生の言葉を素直に聞いて一生懸命勉強して模擬試験を受けてA判定、B判定、C判定出て、各進学校には進路指導の上手い先生がいて、お前ここ第一志望、ここ滑り止めな、ここ記念受験なと決めてきたわけです。でも今見ていただいてわかるように、レゴで巨大な戦車を作るのにA判定もB判定もないのです。1、2年の受験対策では追い付かないような試験です。子どものうちからちょっとずつでもこういうことをやっている子たち、初めて会った人ともこういうことができる子たちが有利になる試験制度です。こういうものに対応する能力を社会学の世界では文化資本というふうに言います。厳密には身体的文化資本。センスとかマナーとか、あるいは、私が付け加えた定義ですが、人種偏見がないとか、ジェンダーに対する偏見がないとか、こういうのが文化資本です。育ちですね。たとえば異性に暴力を振るうというのは、ある人から見たらとても信じられないことですが、そういう家庭環境で育った人にとっては当たり前になってしまう。これはしみついてしまったものです。女性に対する偏見が強かったりすると、この手の試験は乗り越えられないです。女性の意見をきちんと聞けなかったりすると、こういう新制度に対応できなくなります。共同作業が壊れるわけです。

こういった文化資本はだいたい20歳までに形成されると言われています。一番わかりやすいのは味覚です。味覚は12歳までに形成されると言われています。12歳ぐらいまでにファーストフードのような濃い味ばかり食べさせると、舌先の味蕾がつぶれて微妙な味の見分けができなくなります。そしてこの身体的文化資本を育成するためには本物に触れさせるしかないと考えられています。美味しいものとまずいもの、安全なものと危険なものを両方を食べさせて、こっちが美味しいでしょ、安全でしょと教える親はいないのです。美味しいもの、安全なものを食べさせ続けることによって、まずいもの、危険なものをペッと吐き出す能力が身に付きます。骨董品の目利きを育てるのも、本物を、いいものを見続けされるそうです。そうすると偽物を見抜く能力が培われるそうです。先ほどの近藤さんのお話にもあったように、論理ではなくて感性、ある種の不条理性ですね。わけがわからないけれど、こちらの方がいい。そういうものは体に蓄積されていくものです。だからできるだけ若いうちに、できるだけいいものに触れさせないと能力は育ちません。でもだとしたら、少なくとも私や中島さんがやっているような、演劇とかダンス、音楽のようなライブアート、パフォーミングアーツに関していえば、東京の子は圧倒的に有利です。鳥取には鳥の劇場があるからいいですが・・・岡山、心配ですね。大丈夫ですか。

岡山県は進学実績は高い方ですが、これからは厳しくなると思います。四国学院大学には行かなくてもいいよと思われるかもしれませんが、そうはいきません。

たとえば、港区では小学校4年生をサントリーホールに全員招待するという地域還元授業をしています。昨年確か大野和士指揮、東京交響楽団が全員を招待したと思います。世田谷区は内閣府より「世田谷『日本語』教育特区」の認定を受けてますから、国語以外に毎週1時間日本語という授業があります。国語以外の言語活動です。そして世田谷には世田谷パブリックシアターという日本で最も活発な公共ホール、野村萬斎さんが芸術監督をやっている公共ホールがあるので、世田谷パブリックシアターに頼むと、無償でプロのアーティストを派遣してくれます。世田谷区内の半分の小学校、3分の1の小中学校がプロのアーティストから授業を普通に受けることができます。そういう施策をどこでもやっています。もっとわかりやすい例で言うと、全国に演劇やダンスが学べる高校が全部で50校あります。3年前ですから、今もっと増えています。そのうち6割が東京と神奈川に集中しています。東京・神奈川・大阪・兵庫で8割。教える人がいなければコースを開設しようとしても開設さえできません。このぐらい文化の格差が広がっています。

もう一つの問題は、経済格差です。経済の格差が教育の格差に直結すると連日報道されていますが、文化格差はもっと深刻です。教育の格差は、子どもが学校に来れば発見できます。ああこの子、勉強ができるのに家が貧乏で大学に行けなくてかわいそうだなとみんな思います。本当に優秀だったら奨学金などで支援をすることもできます。でも文化格差は発見すらされません。親が美術館やコンサートに行く習慣がなければ、子どもだけで行くということはめったに起こりません。よっぽどそういうことが好きな子以外はそういうことは起こりません。文化の格差は、行く家と行かない家で、どんどんどんどんスパイラル状に離れていきます。日本は150年かけて教育の地域間格差のない素晴らしい国を作ってきました。中島さんのように優秀だったら鳥取県からも東京大学に行けます。でもこれからは厳しくなります。文化の地域間格差と文化の経済格差によって、どんどんどんどん子ども一人ひとりの文化資本の格差が広がっていきます。しかも、この文化資本の格差が大学入試や就職に直結する時代になってしまいました。だからこそ地方ほど文化政策と教育政策を連携させて、一人ひとりの子どもに文化資本が蓄積されるような教育をしていかなければいけません。文化資源はどの地域にでもあります。それが一人ひとりの子どもたちの中に文化資本として蓄積できるような教育になっているかどうかが問われています。

もちろんこれに気が付き始めた自治体があります。たとえば、岡山県の奈義町です。鳥取の県境にある奈義町は、新聞テレビ等でご覧になった方も多いと思いますが、今年度から町役場の公務員試験に演劇を取り入れました。演劇をやらないと公務員になれません。近藤さん、早く外交官になって良かったですね。これからは演劇をやらないと外交官になれない時代が来るかもしれません。

実際出した問題をご紹介します。奈義役場に就職したら町長からオリンピックに向けてどこの国のどこの競技でもいいから合宿を誘致してこいという無茶ぶりをされます。さあ、どうしますか。自分の推す国と競技を決めて、6人一組でディスカッションドラマを作りなさい。この問題はディベートではないので、自分の推す国と競技が勝つことが目的ではありません。どうすれば全体のディスカッションが盛り上がるかに一番貢献した人が高い評価を得ます。ボケ役とかも必要なんです。これは本当に難しいです。なぜならば、試験なのに自分の能力だけを発揮しても合格しないのです。さっき言ったように、検索うまいね、じゃあ俺メモ取るわ、というふうに自分の役割をきちんと担える人が評価されます。演劇の導入は表面的な改革ですが、実はここにはもう一つ大きな改革があります。試験官の中に若い女性の職員を入れました。今までみたいに管理職だけが試験官をやると、自分の言うことを聞きそうな人を採用します。そうではなくて、能力をみる試験から働く仲間を選ぶ試験に変えましょうということを提言しました。

奈義町は人口6千人、町役場の職員は80人、町役場の職員になった瞬間に80分の1の仲間、クルーになります。6千分の1の町民になります。東京都には16万人の公務員がいるんです。16万人もいれば能力順に取って、適材適所で配置すればどうにかうまくいと思うのです。まぁ、うまくいかなかったらあんなことになってしまったと思うんですが・・・。原理的にはうまくいくはずですよね。しかし、80人しかいないから、どんなに能力が高くても、運動会の時にはテープをはってもらわなくちゃいけないし、溝がつまったらドブさらいに行ってもらわないといけません。複数のポジションがこなせなければ、小さな自治体の職員は務まりません。だから働く仲間を選ぶ試験にしましょう。そして複数のポジションがこなせる、リーダーシップだけじゃなくフォロワーにもなれる、そういう職員を採用しますよということを全面的に打ち出して、職員募集を行いました。非常に職員の士気も高まりました。

教育と文化がきちんとしていない町に
若い人たちは来ない

奈義町をご承知の方も多いと思いますが、きめ細かい子育て支援と教育改革によって出生率2.81という日本一の町になりました。隣の津山市に働いている若いご夫婦が、どんどん奈義に移り住んで、奈義で子どもを産むようになっています。でもそれだけではなくて、奈義町は子ども歌舞伎をずっと守っていて、小学校3年生は全員、学校の授業として子ども歌舞伎をやります。奈義町は80人の町役場職員ですが、80人の中に2人歌舞伎の専門官を雇っています。その方たちは普段は公民館の貸し出し業務などをしていますが、歌舞伎の季節になると歌舞伎に専念します。松竹に研修を受けに行ったりもします。

普通、子どもたちって、車の中で飽きて来ると、しりとりとかを始めますよね。でも、奈義の子たちは面白いことに、1人が歌舞伎のセリフを言うとみんな唱和を始めます。白波五人男の「知らざぁ言って聞かせやしょう」と。文化資本がものすごく蓄積されている証拠です。鎌倉幕府は何年だったか覚えておく必要はないと言いましたが、これからたぶん歌舞伎のセリフは言える、百人一首を全部覚えている、みんなが知らないことを知っているという子の方が、みんなが知っていることをより多く正確に覚えている子よりも、評価される時代になってきます。

また6千人の町ですが、磯崎新建築の現代美術館もあります。奈義町はIターン、Jターンの呼び込みの核として、アートと教育を使っています。アンケート調査をするば、奈義町に住みたい理由は、みなさん、「豊かな自然」と書きます。だけど豊かな自然は岡山県、全国どこにでもあるのです。来ない理由をつぶしていかないといけない。来ない理由は教育と文化、医療なんです。医療はほぼ整ってきた、そうすると次は教育と文化です。特に若いご夫婦のIターン、Jターン者は、教育と文化がきちんとしていない町には来ません。若い夫婦は奥さんが決定権の7割から8割を握っていますから、若い女性に選ばれない自治体は滅びます。若い女性はおしゃれで住みやすくて安全な町を選びます。そのためには何をすればいいかということを全力で考えない町は滅んでいくということですね。

もう一つだけ、私が芸術監督している兵庫県豊岡市の城崎国際アートセンターをご紹介します。ここは、城崎にある千人入る大会議場で、30年間一度も千人入ったことがないコンベンションセンターでした。最大が「新婚さんいらっしゃい」の公開録画のお客さんが630人。最後、稼働率が年間20日間ぐらいになっていました。豊岡市は、ここを改装して、6つのスタジオと、25人までが泊まれるレジデンス、それから自炊の出来るカフェ施設などを作りました。1年目から稼働率330日で、世界中から申し込みがきました。昨年は世界15か国から40団体以上の申し込みがあって、その中から12、13団体を選んで毎月、月替わりで使ってもらっています。短期的な成果は問わないので、作品を作らなくてもいい、ということになっています。なぜかって言うと、城崎はもともと志賀直哉さんの『城崎にて』に50年以上頼ってきた町です。温泉と文学の町と言ってますが、志賀直哉は城崎出身でもなくて、ただ事故にあった作家が来て、いもりの死骸をみつけただけのことで50年以上生きています。ところが『城崎にて』はもう知名度がどんどん低くなってきました。志賀直哉だけでなくて、城崎はもともと桂小五郎をかくまった宿とか谷崎潤一郎さんが逗留したとか、文人墨客を招いて1か月ぐらい滞在させて、一筆書いてもらえば宿代ただみたいなことをずっと江戸時代からやってきた町でした。それは、いうなればアーティストレジデンスでした。ただ、今時は、素性もわからない人を招いて大麻を育てられても困るし・・・なので、だったら目利きのプロデューサーにきちんとアーティストを選んでもらって、滞在してもらって、そこで何年か、何十年か後に21世紀の『城崎にて』ができれば、また50年食っていけるじゃないかという話になっていきました。その21世紀の『城崎にて』は小説とは限らない。メディアアートかもしれないし、コンテンポラリーダンスかもしれないし、それは今度は世界に発信できるものになって、『城崎にて』以上のインパクトをもって世界に発信できるだろうというコンセンサスができて、この施設ができたわけです。

城崎に行かれた方はわかると思いますが、観光客は1300円払って、外湯7つに入湯できます。豊岡市民は600円、旧城崎町民は100円ですが、ここに泊まったアーティストは町民扱いなので100円です。豊岡市は、アーティストを温泉に入れるだけのために条例を変えました。そして滞在アーティストのアウトリーチの発表や、そのリハーサルを公開してもらったり、アーティストが学校に行ってワークショップを行ってもらいます。要するに豊岡、城崎の子どもたちは世界最先端のアートに常に触れることができます。これは豊岡市の負担は、もちろん水道光熱費とか人件費はありますが、アーティストにお金を払ってはいないのです。お金を払わないで世界中からアーティスト来てくれます。一つの団体を呼ぼうと思ったら300万、500万かかりますが、ここでは先方が「使わせてくれ」とやってきます。今はちょうど森山未來さんが1ヵ月滞在して作品を作っています。

この施設の標語は「この町で世界と出会う」。豊岡市長と私が常に言っているのは、「東京標準で考えない、世界標準で考える」です。東京標準で考えるから子どもたちは憧れだけで東京に出ていってしまう。豊岡、但馬には大学がないのでいったん外に出ていくのはしかたないことです。理由があって18歳の時点でニューヨーク、パリに行くのもかまわない、でも憧れだけで東京には行かせない、自分の人生の選択がきちんとできるだけの文化資本を18歳までに蓄積するというのが豊岡の教育方針です。そのために世界標準の本物に触れさせます。こういった自治体が少しずつ出てきています。逆に言えば、こういった小さな成功例をたくさん積み上げることによって大きな文化の流れというものができていくといいなというふうに思っています。多少駆け足になりましたがこれで終わります。どうもありがとうございました。

Profile

平田 オリザ

平田オリザ HIRATA Oriza

劇作家/演出家
城崎国際アートセンター芸術監督
こまばアゴラ劇場芸術総監督/青年団主宰
東京藝術大学COI研究推進機構特任教授
大阪大学客員教授/四国学院大学客員教授

1962年東京生まれ。国際基督教大学在学中の1982年に劇団「青年団」結成。「現代口語演劇理論」を提唱し1990年代以降の演劇に大きな影響を与える。1995年『東京ノート』で第39回岸田國士戯曲賞受賞。2003年日韓合同公演『その河をこえて、五月』で第2回朝日舞台芸術賞グランプリ受賞。2011年フランス国文化省より芸術文化勲章シュヴァリエ受勲。近年はフランスを中心とした各国との国際共同製作、大阪大学石黒研究室と共同でロボット・アンドロイド演劇プロジェクトなど先駆的な作品を多数上演。全国自治体との関わりも多岐にわたり、2016年度より岡山県奈義町の教育・文化のまちづくり監に任命される。