何気ない日常会話のなかに、そこはかとなく見えてくるもの
劇団「サムシング・スルー」
助成を受けた団体が助成金をどのように活用してきたのか、またその活動が地域にどのような影響を与えているのかを取材しました。劇団「サムシング・スルー」主宰の横部由莉(よこべ ゆり)さんにお話を伺いました。(取材・文/大島 爽)

地域劇団(市民劇団)
その地域周辺に在住、または関わりのある有志が集まって演劇活動を行う団体を指します。行政などが広く一般公募する「市民劇団」から、大学のサークルや趣味の繋がりなどから生まれた少人数の「社会人劇団」まで、形態は多種多様です。劇団員の多くは、それぞれの仕事や家庭と両立しながら創作活動を続けています。そのため、ライフステージの変化に伴うメンバーの減少など、継続的な活動にはさまざまな課題を抱えている側面もあります。
サムシング・スルー
2010年4月、横部由莉さんが主宰として、岡山で旗揚げした劇団「サムシング・スルー」。日常会話を用いながら、登場人物の何気ない暮らしの中にある不安や葛藤を丁寧に描く作品を発表してきました。横部さんは主に脚本と出演を担当。2016年より、横部さんのライフステージの変化などを機に活動を休止しましたが、2022年に再始動しました。
サムシング・スルー 主宰 横部由莉(Xアカウント)
「サムシング・スルー」の劇団員による公式ブログ
“大事なことを言葉にしない”――ただ、私たちのお芝居を介して帰ってください

―団体を立ち上げたきっかけを教えてください。
横部: 自分のやりたいお芝居ができそうな仲間に出会えたことが、一番のきっかけでした。2010年当時、私は岡山大学の学生ではなかったのですが、インカレ制度 ※ を利用して岡山大学演劇部に所属していました。中学・高校でも演劇部で、お芝居をした経験はありましたが、公演の作り方や制作・裏方のことは分かっていなかったので、そこで学ばせてもらいました。
ただ、当時演劇部でやっていたお芝居は、「私のやりたい演劇とは少し違う」という思いがずっとあったんです。そんななか、のちにサムシング・スルーの演出を務めることになる新入生が見学に来ました。話をしてみると、私がやりたいと考えていた会話劇や、写実的で静かなお芝居が好きだと分かり、「この人となら、自分のやりたい演劇ができるかもしれない」と直感しました。そこで、ほかのメンバーにも声をかけ、10人ほどで思い切って旗揚げしました。
※インカレ制度 インターカレッジの略。主に大学の枠を超えた学生サークルの交流・活動のこと
―印象的な劇団名ですね。
横部: メンバーみんなで考えました。私たちがやろうとしていたのは、激しいお芝居ではないので、「さらっとした名前がいいよね」と話していて。「サムシング」という言葉がふっと湧いてきて、いくつか熟語を考えた結果、最終的に「サムシング・スルー」に決まりました。
「through」は「~を介して」という意味があります。私たちのお芝居を観た人が、作品の何かを介して帰っていってくれたらいい。作品を観たからといって、劇的に人は変わるわけじゃないけど、何か一つでも持ち帰ってもらえたらいいよね、という思いがあります。

―作品づくりのテーマや大切にしていることは何ですか。
横部:非日常ではなく、誰にでもある日常を描くことを大切にしています。
いろいろな人と話をしていると、内容は全然違っているようでも、人はいつも同じように悩んでいるなと感じるんです。それなのに、多くの人は「自分だけが悩んでいる」と思っている。電車で今隣に座っている人もきっと悩んでいる。自分は特別な人間じゃないと知ることで、もっと楽に生きていけたらいいなって。人に上とか下とかない。みんな一緒なんだから、力を抜いて、いい加減にいこうよって。
また、サムシング・スルーは、大事なことを言葉にしないんです。演劇なのに、セリフで説明しない。ほとんどのお芝居は伝えたいものが決まっていることが多いけど、私たちにはそれはない。私たちは、お芝居を提供しているだけです。答えは言わないので、ただ「サムシング・スルーを介して帰っていってください」「このお芝居を見て家に帰ることが、今日のあなたの予定です」というぐらいの距離感なんです。
―活動を続けられてきた原動力は何だったのでしょうか。
横部:日常を丁寧に描く会話劇、お芝居がしたいという気持ちが一番大きかったですね。このジャンルを岡山でやっている人がいなかったので、「自分がやらなかったら、このお芝居はできない」という気持ちもありました。
またメンバーは学生だったので、「卒業したらもう一緒にできないかもしれない。今しかできない!」という思いも大きかったです。
活動を続けるなかで、メンバーの人数は少なくなっていきましたが、小さな会場で何度も公演を重ねるスタイルにも挑戦しました。4日間で10回公演を行った際は、本当に大変でしたが、やり応えもありました。また、やったことのない場所で公演をすることも好きで、私たちが使った会場が前例となり、そのあと別の劇団が公演をするようになると、「じゃあ次はもっと違うことをしよう!」と。そうやって新しいことに挑戦するのも楽しかったんだと思います。
助成が再始動の後押しとなり、新たな出会いと再会をつないだ

―2022年に再始動し、2023年に当財団の助成制度に応募しようと思ったのはなぜですか。
横部: 2022年に活動を再開してみると、劇団員それぞれのライフステージが変わっていて、「もう思うように活動ができない人たちの集まりになってしまったんだ……」と気づきました。仕事や家庭、子育て、介護、病気など、それぞれ事情は違っても、演劇はやりたい。でも、これまでと同じやり方では続けられないという現実があったんです。
そんな自分たちの状況もあって、演劇を続けたい気持ちはあるのに、さまざまな事情で活動から離れている人たちも参加できる環境を整えたいと考えました。地域で活動する劇団の新しいロールモデルを模索する公演プロジェクトです。一人ひとりに合わせて関われる方法を探りながら、公演を実施する取り組みです。
ちょうど劇団も長い休止期間を経て一度リセットしていたので、公演資金も十分ではありませんでした。そこで福武教育文化振興財団の助成制度のことを知り、応募しました。
―助成金はどのように活用しましたか?
横部: 主に稽古場代や会場費など公演の制作費として活用しました。助成金とチケット収入のおかげで、赤字になることなく公演を実施することができました。
―助成を受けて良かったことはなんですか?
横部: 一番ありがたかったのは、「サムシング・スルーが再開したよ」という公式的なお知らせとして機能してくれたことですね。助成を受けるとなると、周りの人も「ちゃんとした活動なんだ」と受け取ってくれます。「横部さんが戻ってきたよ」と、客演で俳優として舞台にいくつか参加させていただき、岡山の演劇界に戻ってきたなという実感も湧きました。活動休止の間に生まれた岡山の新しい団体の方々にも、サムシング・スルーの存在が自然と伝わっていったと思います。

―今回の取り組みで達成できなかったことや、今後の課題を教えてください。
横部: 「課題がバラバラすぎた」、この一言に尽きますね。
メンバーそれぞれが抱えている事情が違いすぎて、一つのマニュアルでは対応しきれませんでした。稽古の時間帯も、夜がいい人もいれば昼がいい人もいますし、サービス業の人は土日を休むのも難しい。わかっていたつもりではいましたが、実際にやってみると想像以上に大変でした。
熱量の違いも大きかったです。私みたいに「生活のすべてが演劇になっても楽しい」という人ばかりではないですから。本当にやりたくて戻ってきた人もいれば、ちょっとお手伝いできればという気持ちの人もいる中で、仕事の割り振り方のバランスが難しかったです。
私の思う「やりたい」と、相手の「やりたい」の温度は、こんなにも違ったんだと気づくこともありました。
「できることを、できる人がやろう」としたのですが、結局は一部のメンバーに負担が偏ってしまいました。音響担当の田原さんにも、小道具や美術など音響以外の仕事まで支えてもらう場面が多くありました。
こうしたズレを経験したことで、最終的には「演劇の仕事と、メンバーのやりたいこと・できることをマッチングさせる役割」が必要なんだと気づきました。
一度、公演に必要なタスクをすべて洗い出し、仕事の一覧をつくりました。誰がどこをどれくらいできるかを可視化できれば、「毎日の稽古場には来られなくても、この作業はやっておくね」といった関わり方ができるようになります。そのタスクをどう整理して、どうメンバーに共有していくかが課題ですね。

―一方で、今回の公演を実施して感じた手応えや、良かったことはありますか。
横部: お客様の反応がすごく良かったです。サムシング・スルーのような日常を切り取ったお芝居は、岡山ではなかなか見られないジャンルなので、たくさんの方が「会いたかったよ。このお芝居が見たかったよ」と言ってくださいました。
10年近く間が空いての公演でしたし、今回はこちらからDMなども送らなかったのですが、当時よくアンケートを書いてくださっていた常連のお客様がほとんど戻ってきてくださって。そういう方々が今も岡山にいてくれたことが、すごく嬉しかったです。
サムシング・スルーのような会話劇をする劇団は、東京などほかの地域にはあると思いますが、「岡山においては、これは私たちだけがやっている、私たちだけがやりたい演劇なんだ!」と、改めて思えたことは自信になりました。
―これからのサムシング・スルー、または横部さんのやっていきたいことなどはありますか。
横部: 次の公演の具体的なことはまだ決まっていません。でも、今のメンバーで少なくとも、もう一度は公演をやるつもりです。旗揚げ当時から演出を務める加藤さんは現在東京に移住し、岡山にいる劇団員は私と音響の田原さんの2人になりました。それでも演劇公演をすることは全然諦めていません。やっぱり演劇人である以上、公演を打ってなんぼだという思いがありますから。
私の作品づくりは、まず場所(空間)に出会って、そこから本を書いて、そこで自分がお芝居をするというルーティンが基本です。それをもう一度実現するために、今はとにかくいろいろな人と出会ってお話をして、人間観察を続けていこうと思っています。「人ってこうなんだな」という記憶を貯めていきながら、いつか形にできる面白い場所を探しているところです。

おわりに
今回の取材で印象的だったのは、横部さんの作品づくりが「場所」から始まるということでした。
横部さんは「ここでやりたい」と思える空間に出会うと、その場所の歴史や、そこに暮らしてきた人たちの話を聞き歩きます。そして、「この空間で人がこんなふうに動いたらいいだろうな」というイメージを起点に、土地に流れてきた時間と、今を生きる人たちの悩みを掛け合わせながら作品をつくっていくといいます。
こうした創作の積み重ねも含めて、一つの作品なのかもしれません。そんな背景を知って舞台を観ると、お芝居そのものだけでなく、サムシング・スルーの表現をより深く味わえそうです。

成果報告書も合わせてお読みください。
https://www.fukutake.or.jp/archive/houkoku/2023_112.html
サムシング・スルー
岡山市南区 ※事務所等なし
問合せ先:panda.something@gmail.com