助成先を訪ね歩く(取材日:2023年7月10日)

アートを自由に楽しむ場を追求

一般社団法人 松島分校美術館 代表理事 片山康之

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  • 2023.08.28

助成を受けた団体が助成金をどのように活用してきたのか、またその活動が地域にどのような影響を与えているのかを取材しました。今回は、倉敷市児島の松島で活動する「一般社団法人 松島分校美術館」(旧名:クリエイターズラウンジ)代表理事の片山康之(かたやま やすゆき)さんにお話を伺ってきました。(取材・文/小溝朱里)

松島

松島は倉敷市下津井に位置している、周囲は約1.2kmの小さな島です。定期航路はありませんが、下津井港から渡船に乗って約10分で到着します。

松島には、倉敷市立下津井西小学校と、倉敷市立下津井中学校の分校として、松島分校がありました。1902年に創立、1989年に休校、2000年に廃校となっています。松島にはかつて約100名が住んでいて、この学び舎には数十人が通っていたことがありました。

現在の松島分校はリノベーションされ、松島分校美術館として再活用されています。

一般社団法人 松島分校美術館(旧名:クリエイターズラウンジ)

写真提供:一般社団法人 松島分校美術館

一般社団法人 松島分校美術館は、松島分校の跡地を「松島分校美術館」と名付けて運営している団体です。主に、アーティストが滞在して作品を制作する「アーティストインレジデンス」の場として再活用しています。

またアーティストの企画展やシンポジウムの開催、大学の集中講義の実施やインターンシップの受入、音とダンスによるパフォーマンスなど、アートを楽しむ機会を作ってきました。

活動の始まりは2010年です。「クリエイターズラウンジ」というイベント名で、倉敷市のラウンジバーにて様々なジャンルのクリエイターによる座談会を開催しました。その後も複数回開催し、2014年に一般社団法人 クリエイターズラウンジを設立しています。

2014年当時は閉館した萩野美術館を活動拠点とし、「吹上美術館」として再生しました。約3年間活動したのち、2018年に拠点を松島へ移し、法人名を「一般社団法人 松島分校美術館」に変更しました。代表理事の片山康之さんに、これまでの歩みを伺います。

既存の形に捉われない、アートを楽しむ場づくり

片山康之さん

―松島分校美術館の始まりである、クリエイターズラウンジを開催しようと思った経緯を教えてください。

片山(敬称略):アートを自由に楽しめる場を作りたいと思ったのが、最初のきっかけでした。

例えば、音楽の楽しみ方を問われたら、人によって様々な答えが返ってくるはずです。クラシック音楽が好きな方は音楽ホールに行って楽しむとか、ポップ音楽が好きな方はスマートフォンとイヤホンを繋いで移動中に楽しむとか、クラブ音楽が好きな方はお酒とともに楽しむとか。

ただアートは、「美術館やギャラリーに行って楽しむもの」と思っている人が多いと感じています。僕自身が彫刻家で、アートに関わる当事者ということもあり、アートも音楽のようにもっと自由に楽しめるようになったらいいなと思っていました。

そこで初めは倉敷市にあるラウンジバーを貸し切って、画家やデザイナー、音楽家、学芸員、映像作家など様々なジャンルのクリエイターを呼んで、「クリエイターズラウンジ」という座談会形式のイベントを開催したんです。

―イベント名だった「クリエイターズラウンジ」が法人化し、さらには美術館運営も行うようになりましたよね。活動内容の変化が大きかったように思います。

片山:活動拠点を探していたときに、閉館となった萩野美術館を紹介いただいたんです。「ここを拠点にするなら、美術館をやるしかないよね」となりまして、吹上美術館をオープンすることにしました。まさか自分が美術館を運営するとは、思ってもいなかったです。

―その後はなぜ、活動拠点を松島へ移したのですか?

片山:「アートを自由に楽しめる場をつくりたい」と思っていたのに、吹上美術館では展覧会をして、入場料をいただいて……と、いつのまにか既存の形でアートに触れる場をつくっていました。また入場料だけでは運営を続けるのが難しく、吹上美術館をオープンして1年も経たない頃から次の活動拠点を探していたんです。

松島分校は、倉敷で古民家再生に携わっている建築家の楢村徹(ならむら とおる)さんから紹介いただきました。「ここを活用できるなら、既存の形にはならないだろう」と思いましたね。

写真提供:一般社団法人 松島分校美術館

建物の1m先に海があったり、その建物をリノベーションしたりする時点で、既存の形ではないじゃないですか。「絶対に面白くなるな」と感じて、2017年は倉敷市役所の方に相談したり、プレゼンを聞いていただいたりして、ようやく活用できるようになりました。

―現在は、既存の形に捉われずに活動できていると思いますか?

片山:そうですね。活動の自由度はかなり大きくなったと思います。

既存の形に捉われないひとつの方法が、アーティストインレジデンスです。ここは滞在制作するのに最高の環境ですよ。自然に囲まれているのはもちろん、拠点となる松島分校美術館では快適に過ごせるよう、お風呂やお手洗い、キッチンや寝床など一般家庭にあるものはすべて揃えました。

現在、松島分校美術館で行っている事業は倉敷市から委託していただいています。また建物の管理も倉敷市から任されていたり、地域おこし協力隊の受入団体になっていたりと、様々な形で活動を継続できるような仕組みをつくってきました。倉敷市職員の方々とは、自由な発想で自分たちのやりたいことをしっかりと話し合いながら事業を決めているので、それらが少しずつ実現できています。

助成金が活動継続のモチベーションに

写真提供:一般社団法人 松島分校美術館

―なぜ、福武教育文化振興財団の助成金を申請しようと思ったのですか?

片山:2011年に、福武教育文化振興財団の和田さんに出会ったのがきっかけでした。自分たちの活動をお話ししたところ「うちで助成金の申請したら?」と紹介していただいたんです。

助成を受けたのは、旧名であるクリエイターズラウンジとして活動をしていた頃。2013年度には吹上美術館再生プロジェクトを、2015年度〜2017年度には吹上美術館でのイベントや、松島分校美術館の拠点づくりを支えていただきました。自分たちの転換期にお世話になった印象があります。

―当財団の助成を受けてよかったことは何ですか?

片山:活動を続けていこうと思えるモチベーションになったことです。吹上美術館を運営している時は資金繰りに悩んでいて、どうやって活動を続けていこうか考えていた時期でした。

助成を受けることで、財団側からは活動の継続性や社会的な成果を問われたり、自分たちは「助成金をいただいている以上、きちんと成果を残したい」という思いになったり。いい意味で活動を継続するプレッシャーをかけていただいたから、今があると思います。

写真提供:一般社団法人 松島分校美術館

―今後の目標を教えてください。

片山:目標と言えるかは分かりませんが、松島分校美術館を安全で安心な場にする意識は大切にしていきたいと思います。

特に、子どもたちの団体に使っていただきたいですね。松島に来たらきっと、水鉄砲合戦をしたり、竹を切って釣竿を作ったりと自由な発想で楽しんでくれると思います。

自分たちが子どもたちに対して、「こういうことを学んでほしい」と決める必要はないと思うんです。子どもたち自身が色々なことに気付いて、楽しんでもらえたら。そして家に帰った時に「釣竿作って遊んだの楽しかったな」などと思い出してもらえたら、松島分校美術館まで来てもらった意味が出てくるのかなと思っています。

おわりに

右:和田広子財団職員

取材中、片山さんが「活動を続けられるかも、と思えたのは先月くらいの話。松島に移ってから、5年くらいかかりましたよ」と明かしてくださいました。やりたいと思ったことを始めること、その思いを持ち続けること、さらに活動を続けていくことが、いかに難しいかを感じざるを得ませんでした。

活動を続けてこられた理由を伺うと「今は釣りかな」との答えが返ってきました。船に乗って釣りをしていると、瀬戸内海はもちろん、生き物や地形など自分たちの活動拠点を取り巻く環境がよく分かるそうです。活動だけでなく、“趣味”といった違う視点からの楽しさが重なると、活動を継続していけるひとつの理由になるのかもしれません。

一般社団法人 松島分校美術館
倉敷市下津井松島
問合せ先:matsushimabunkou@gmail.com
Webサイト:https://www.matushima-bunko.com/