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#043 天川栄人さん

作家

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  • 2026.07.29

「多様性をとりこぼさない」。開かれた態度で10代の読者と向き合う

2025年度福武教育文化賞を受賞された方のこれまでの取り組みや今後の活動について取材しました。天川栄人さんは10代の読者に向けたYA(ヤングアダルト)小説や児童書の分野で活躍されている岡山出身の小説家。2025年、出産を機に岡山へUターンされ、地元での創作や若者の育成にも取り組まれています。そんな天川さんにお話を伺いました。(取材・文/橘 春花)

ファンタジーからリアリズムへの挑戦

――天川さんが執筆活動を始めたきっかけを教えてください。

高校の文芸部が創作の原点です。当時は小説だけでなく、短歌や俳句、詩も書いて、大会にも出場していました。あとはリレー小説を書いたり、テーマを決めて共作したり。一人で黙々と取り組むのではなく、毎日部室に顔を出してみんなで作品を作るのを楽しんでいました。

でも、なかには幽霊部員もいて、彼らはたまに現れては作品を大会に出し、さらっと賞をとっていくんです。「私はこんなに頑張っているのに!」と悔しさもありましたが、むしろ小説や詩を書けることは特別な才能ではなく、誰にでもできることなんだと気づきました。気負わず書いたものが、核心を突くことがある。このときの気づきは、今の活動のベースになっているかもしれません。

――その頃から書き手になろうと考えていたんですか?

まだ、その頃はぼんやりと思っていただけでした。天文が好きだったので、当時はプラネタリウムで働きたいという気持ちが大きかったですね。大学では天文同好会に入って、晴れている日は山奥に車を走らせ、なんにもない広場に望遠鏡をいっぱい並べて朝まで天体観測することもありました。

実はプラネタリウムを一から作ったこともあるんですよ。私は『銀河鉄道の夜』をテーマにして、物語のなかで銀河鉄道が走るルートを星空のプログラムにしました。「銀河鉄道は天の川の右岸を走っているのか左岸を走っているのか」という議論で盛り上がるのも面白くて、すごく楽しかった思い出です。

――天川さんは高校の天文部をテーマにした『セントエルモの光』『アンドロメダの涙』という小説も書かれていますね。天文の魅力はどんなところだと感じますか?

『セントエルモの光』と『アンドロメダの涙』は、まさに自分の学生時代の体験をもとに書いた作品でした。天文は、最先端科学の観測技術と古代ギリシャから語り継がれる神話の世界が交わっていて、まさに理系と文系が交差する学問。私が入っていた同好会にも文系、理系どちらの学生もいました。分野が交わるおもしろさは、ほかの学問にはあまり見られない魅力だと感じています。

――在学中にはライトノベル『ノベルダムと本の虫』でデビューされ、その後児童書に転換されていますよね。その理由はなんだったのでしょうか?

デビュー当初はライトノベルの分野で作品を書いていましたが、担当編集者に「天川さんは児童書の方があっているね」と言われて、ジャンルを変えて児童書でリデビューしました。ラノベはより商業的で時流に合わせないといけないので、求められるものが厳しいんです。それ自体を否定するわけではないのですが、流行っているテーマに合わせて書くことの難しさを感じていました。

――その後、うらじゃをテーマにした『おにのまつり』では、思春期の子どもに向けたYAに挑戦されています。

それまでは児童書でファンタジックな物語を書いていたんですけど、YAでリアリズムに挑戦してみたいと思いました。

YAを書くなら自分が10代を過ごした土地を舞台にするのは自然な流れで、岡山について書くのは決めていました。何をモチーフするのか担当編集者と話し合ったときに「岡山といえば桃太郎だよね」という話になったんです。でも「桃太郎といえば、うらじゃという踊りがあって、鬼がモチーフなんですよね」と言うと、編集者の方に「どうして鬼なの? 普通、桃太郎じゃないの?」と驚かれて、今までなにも疑問に感じていなかったけれど、たしかにその通りだなと。

調べていくとうらじゃは温羅伝説が背景にあると知りました。作品では、集団からはみ出てしまった子どもの話を書こうと思っていたので、中央集権から排斥された移民の話である温羅伝説(諸説あり)にオーバーラップさせて書くことにしました。

――YAでリアリズムを書くのは難しかったですか?

そうですね。それまではずっとファンタジーを書いていたので、リアリズムを書くこと自体が私にとっては挑戦でした。まず、これまで書いてきたファンタジーは舞台が架空の場所なので、そもそも現地取材をしたことがありませんでした。けれどリアリズムで初めて長編を書くので、ちゃんと取材に行かなければと思い、吉備津神社や鬼ノ城に行ったり、きび団子を作るシーンがあったので実際に作ったりもしました。うらじゃの実行委員にも「歌詞を使わせてほしい」と連絡をすると、歌詞に込められた意味を親切に教えてくれました。取材先の皆さんには本当によくしていただいて。この作品で児童ペン賞を受賞したときには、うらじゃの実行委員会から大きなお花が届いてうれしかったです。

これまでになくいろんな人の支えによってできた作品だと実感しました。そして、この作品を機に他社からも声をかけてもらってYAを書くようになったので、私にとってはとても大切な作品です。

多様性を大切に。開かれた態度で書く

――多感な10代の読者に物語を届けるために意識していることはありますか?

やっぱり読者一人ひとりの読書体験だから、その子の想いを大切にしたい。「私はこう思うけど、あなたはどうですか?」という開かれた態度で書くことは常に意識しています。作者側からひとつの答えを与えて導くのではなく、選択肢をたくさん用意してあげて、「こういう答えもあるしこういう答えもある。君はどうかな?」という態度で書いていかないと、読者はついてきてくれないと思うんです。

また、『おにのまつり』では登場人物全員の問題は解決せずにプツンと突然終わるので、「あそこで終わると思わなかった」と言われることがあります。けれど、そのモヤモヤした気持ちこそ大切にしてほしいんですよね。これからの社会では、答えがでない曖昧な状態にも耐えられるような“ネガティブケイパビリティ”が重要だと思っています。だからこそ、作品でも表現できればと思います。

――読者の考える余地を残すというのは、作者一人の視点だけでは難しいのでは? と想像します。天川さんは多面的な視点をどう表現しているのでしょうか?

まず、「天川の書く本はキャラクターが多い」と言われるくらい、あえていろんな人を登場させるようにしています。

「この登場人物とは友達になれない」という声をもらうこともあるけれど、それでもいろんなキャラクターを登場させることには意味がある。というのも、主人公が一人問答で答えを出すのではなく、いろんな人と出会って、いろんな言葉を投げかけられて、人との関わりのなかで成長していく方が物語としても面白いと思うんです。最初はこういう考え方だったけど、こういう人と会ったので、こういう考えになりました……と多様な人との関わり方のなかで変化する主人公を通して、多面的な考え方を表現できたらと思っています。

また、多様性をとりこぼさないことは特に大切にしています。以前、LGBTQ+の当事者に取材をしたときに「子どものとき本が嫌いだった。だって、私たちのようなキャラクターは本のなかに出てこないから」と言われて、すごくショックを受けたんです。子ども向けの本を書いている以上、子どもを本嫌いにさせてはいけないし、マイノリティーから読書体験を奪ってはいけない。ひとりひとりバラバラの性を生きていて、多様な子がいます。もちろんすべての人を克明に描くことはできませんが、マジョリティーの設定に偏ることなく、多様性をとりこぼさないことは最低限必要な姿勢だと考えています。

小さく世界を変える読書体験

――これまで天川さんの作品を通して救われた人はたくさんいたと思います。天川さん自身が物語や創作に救われた経験はありますか?

ずっと救われ続けています。人付き合いがうまくいかなかったり、家族関係がうまくいかなかったり、受験に失敗したりとか、いろいろつらいことがあったときに本になぐさめられてきました。でも、決して現実逃避ではなくて、本を読むことで現実の世界で戦っていく力を養っていたと感じます。

大学の英文学の恩師に「すぐれた小説とは、読む前と後で読者の視界が変わっている本だ」と言われたことがあるんです。「そうでないならば、その本を読んだ意味がない」と。私もその通りだと感じていて、本の世界に逃げ込んで、また同じ自分で生きていくのではなく、本を読む前と後でものの見え方が違ったり気持ちが変わったりして、「もう一度現実でがんばろう」と思えるような伴走者として、物語はずっと私の人生に寄り添ってくれています。

――天川さんが書かれる本もまさに伴走者になっていると感じます。実際に読者の方からはどんな感想が届いていますか?

たとえば、会食恐怖症と摂食障害に悩む子どもたちを描いた『わたしは食べるのが下手』では、司書さんが気をきかせて食に悩んでいる児童にそっと差しだしてくれるそうです。

「この本を読んでちょっとほっとした」とか「私だけじゃないんだと思った」とか、「私は食べるのが好きだけど、こういう人がいるんだと思った」といった感想をいただいています。本を読んで勇気づけられて何かを始めたというような大きな変化は起こらなくていいので、読者にはほんの小さな気持ちの変化を与えていけたらいいなと思っています。

10代でしか書けないことを作品に

――今回の受賞を機に挑戦したいことはありますか?

私はやっぱりみんなで書くのが好きだから、ワークショップを開きたいです。それも1回きりではないものを。私自身、高校生のときに参加した文芸道場おかやまで、「絶対に書きっぱなしにしないで」と言われたことがあって、今でもゼロから書き起こすより書き直している時間の方が圧倒的に長いんです。何度も書き直すことで、物語は磨かれていきます。だから、1回でおしまいではなく、みんなで読み合って、ブラッシュアップするような講座にしたいですね。

――対象は若者ですか?

そうですね。若い世代に書いてほしいという想いがあります。私は中高生の文章が大好きなんです。半径2メートル以内で拾ってきた言葉だけで綴られた文章は、大人になると絶対に書けません。今のあなたにしか生み出せない言葉がある。作品として残しておくことで、将来の財産にしてほしいと思っています。

(取材日:2025年10月9日)