Landscape with Two Dogs
二匹の犬のいる風景
国吉や作品にまつわるコラムをA to Z形式で更新します。

国吉康雄は、彼の作品の中にさまざまな動物を描いた。牛や馬、ロバ、鶏、虫・・・そしてここでは、犬。草がまばらに生えた、乾いた土の斜面に犬が二匹いる。右側の茶色い犬は、左側の白い犬に対して挑みかかろうとしているような姿勢をとっている。やせこけていて、表情もするどい。白い犬の方は恐れをなして逃げようとしているようだ。
背景には二つのまるい頂上のある茶色い山と、灰色と白の曇り空が描かれている。暗い背景に、不穏な動きの犬たち。どうにも落ち着かない感じがする。
もしかすると、茶色い犬のほうは白い犬に対して別に敵意を感じているわけではなく、友達になろうと近づいているのかもしれない。でもその気持ちは白い犬に通じていない。二匹の犬の思惑はすれちがい、お互いを理解したり共感したりすることができない。
この絵が描かれたのは1945年。第二次世界大戦が終わり、世界がようやく平和を取り戻した年である。しかしそれは同時に、東西冷戦の始まりでもあった。世界中の人間が敵と味方に分かれて徹底的に殺し合い、その戦いが終わってもすぐに次の覇権をあらそって、ふたたび戦いが始まっていた時代。
この絵は、そんな世界の状況をあらわしているのだろうか。おそらく国吉康雄がこの絵を発表した当時の人々も、そのように思っただろう。人間たちが、世界をふたつにわけて陣営を組み、お互いを責め合って対立している。それと同じように、この二匹の犬もお互いを理解することができず、すれちがう。この不毛な、荒れ果てた土地で。
どうにも救いのない、活路の見出せないような絵だが、しかしこの絵を実際に見る人は、その色と筆致の美しさに驚くだろう。2015年のスミソニアン・アメリカ美術館での国吉康雄回顧展に出展されたこの絵は、貸し出しの前に、長距離の輸送に備えて入念な保存修復が行われた。その際、表面に塗られていたニス(後年、当時の保存技術として施されたもの)が現代の技術によって除去され、国吉が描いた当時の画面が表れたのだ。そこには、茶色や灰色や緑色といった暗い色調が使われながら、透明で奥行きのある、輝くような画面が作り出されていた。すでにアメリカ画壇の頂点に立っていた国吉が、その感性と技術を使って描いたのは、自分が生きている救いようのないような世界だったのだ。
暗い世界を暗いまま、そして同時に、美しく描く。複雑なものを複雑なまま描き出し、それを他の人に伝えることができる。そのような知性や感情を、人間は備えている。この絵には確かにそのことが感じられる。人間は救いようのない存在だが、一方でこのような美しいものを生み出す。絶望の中にも、希望が見える。どうしようもない人間の、複雑で美しい一面が、ここには表れている。
更新日:2018.1.26
執筆者:江原久美子