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財団と人

#5 安原梨乃さん | たまログ実行委員会 代表
対談日:2015.12.27

日々の積み重ねで多様な地域はできている、存在しているということを思った

結婚を機に玉島で暮らすことになった安原さん。いずれ暮らすことになるだろう大正時代に建てられた実家を残すべきか、建て替えるべきかの問題に直面。彼女の活動は、そこから始まりました。玉島地域写真デジタルアーカイブ化プロジェクトの活動を通じて答えはでたのでしょうか代表の安原さんにお話していただきました。(聞き手:山川隆之=2012年福武文化奨励賞

山川 「たまログ」とう地域写真をデジタルアーカイブにしようという活動を思いたったきっかけは何ですか?

安原 いずれ住まないといけないという、夫の古い実家ですね。モノを残すことに意味があるんだろうかと、近隣で建物を倒す場面や更地になった状態を見ながら、すごく考えていました。

山川 それまであった歴史とか記憶というのも、一気に消えてしまうような感覚?

安原 その頃、家を残す残さないみたいなことをぐるぐる考えているときでした。結局、私たちが先祖から受け継いだり残していくべきものは、その建物の中にある雰囲気であったり、思い出など目に見えないものであって、建物そのものを残すことに、本当のところ意味はないなとまで思っていました。でもやはり建物ごと全部なくなってしまう状況が生まれると、本当に何があったかわからなくなってしまう。残しておきたかった中身すらも器を失って消えるみたいな。

山川 それで、どう残していけばいいかということを純粋に知りたくてNPO法人倉敷町屋トラストの活動に参加したんですか?

安原 はい、そうです。

山川 何を学ぼうとしたんですか?

安原 5年ぐらい参加して、街並み調査とか、建物の改修の手伝いとかしていました。そういうことをしていれば自分たちの家の直し方とか、誰に頼めばいいかとか、そういうことがわかるかなと思って。

自分たちのことは、誰かが教えてくれるのでなく、自分で決めるしかないんだなと

山川 その5年間のトラストの活動で何にたどりついたんでしょうか。

安原 人も十人十色なように家の状況もさまざまだということを勉強させてもらったし、中村泰典さん(NPO法人倉敷町家トラスト 代表)をはじめ、たくさん知り合いができましたが、自分たちの暮らし、自分たちの家、自分たちのことは、誰かが教えてくれて、こうだからこうというのでなく、自分で決めるしかないんだなという当たり前のことがわかった5年間でした。

山川 それは貴重でしたか?

安原 そうはもう、やってみないとわからないことでした。自分たちは残せる状況にあるけれど、残せない状況のところが本当にたくさんあることにも気づかされたし。

山川 もう一つ、町家の保存活動は片付けと掃除につきるというのは名言と思います。

安原 それしかしてないというぐらい。町家トラストでは、毎月のように人の家の片づけと掃除をしていました。自分の家の掃除を放り出して活動に参加している矛盾がおかしくて笑っていました。

山川 それがないと保存が、先がない。

安原 そうですね。保存するかどうかというところにもっていくための片づけと掃除。

山川 それでご実家の片付けを始めて、ある一枚の写真に出会った。その写真を見たとき、何がビビッと来たんでしょう?

安原 ポストカードにしている、この一枚です。A4サイズぐらいの大きな記念写真で、写真屋さんが撮って台紙にきれいに張り付けた状態で。とにかくかっこいいなと思いました。

山川 こういう古い写真がたくさん地域の中に埋もれているんではないかという、当然多分埋もれているんだと思うんですが、そこから写真とかを集めてみようという発想になるんですか? そこから、たまログの活動に移る過程を教えていただけますか。

安原 その頃、別で蔵の改修をしていて、完成したらお披露目もかねて、とりあえず家にあるものを展示してみようと思ったんです。写真展をしたら「うちにもあるよ」って見せてくださるご近所の方いたり、玉島のアマチュア写真家の方から大量の写真を見せていただいたり、データをくださったりが始まって、100枚以上になってきた時に、これは何かちゃんとプロジェクトとして集めた方がいいなという気がして、たまログを始めました。

古い写真の収集とインタビュー動画の撮影、二本柱みたいなのができた

山川 たった一人で?

安原 最初のアイディアはそれで、そのことを大月ヒロ子さん(IDEA R LAB 代表)のところで話したら手伝うよという友達や知り合いがでてきて、じゃあやろうと5人ぐらいで始めました。

山川 こうやって収集しよう、こうやって保存していこうという具体的な活動内容というのは、そのときに?

安原 最初は古い写真を集める、ということだけでした。写真を取りに行くと、昔話が始まるんですね。その話が面白いことに気付いて、これは一緒に動画も撮ったら楽しいんじゃないかなと。古い写真の収集とインタビュー動画の撮影、二本柱みたいなのができました。

山川 どうやって声をかけたんですか?いきなり行って写真ちょうだいというわけにはいかない。

安原 集めた写真を展示するときに「集めてるんですけど何かないですか」とお聞きします。個人の場合はそういうアプローチであったり、提供してくださった方のお友達を紹介してもらったりとか。新聞とか情報欄に載せて、写真集めてますみたいな集め方はしてないです。

山川 口コミ?

安原 そうです。人づて、知り合いをたどって。飛び込みというか、訪ねていけるのは公共機関ですね。小学校とか幼稚園、学校もたくさんの写真を持っていて、提供できるかできないかは別として、とりあえず見せてもらえませんかと。あとは会社とか個人の商店とかも。

山川 地元の人たちは写真を集めていることに協力的で、好意的だったですか?

安原 訪ねていくところは、だいたい私が誰かわかっている方が多いので、何百枚とか何十枚とかではないにしても、1枚2枚、見せてくださったり、アルバムをそのまま貸してくださるとかもありました。

山川 提供してくださる方と話をする時に、安原さんは地元じゃないから、どこどこの誰々さんが何何しているところというのはピンとこないことってなかったですか?

安原 全くわからなかったときもあります。3時間のほとんどが人の名前と会社の名前だったときは、私も何のことを話しているんだろうと思ったんですが、楽しそうに話してくださったので、それは最後までお聞きして、わかる範囲に書き留めて、わかる人にあとで聞くことにしました。
地元出身じゃない私だから、話してくださる場合もあるし、そうでない場合もあるので、この何年かインタビューをやってみて、難しいなと思っている部分です。いい話を引き出したいけど、聞けないというか・・・

生きてきたよということを何かしら
教えてくださればそれだけでありがたいと

山川 深いところに入るんですものね。

安原 課題として見えてきたことかなと思っています。でも写真もインタビューもそうなんですが、私はたまログで、正確な記憶とか正しいことを知りたいわけじゃないんです。その人が知っている、思っていることをそのまま話してくださればいい、そのまま見せてくださればいいと思っています。私はこれで論文を書こうとかそういうことではないので、それがたとえ情報として間違っていることでもそれでいいと思って今はやっています。そういうことでなくて、生きてきたよということを何かしら教えてくださればそれだけでありがたいなと。

山川 どういう人に話を聞きに行くんですか?

安原 昔、玉島に歴史民俗海洋資料館というのがあったんです。港町なので港にかかわる風物、玉島の農具とか生活用具とか展示されていて。そこの館長をされてた方で、私が知り合った当時は、公民館で備中綿の栽培を教える講師をされていました。私は備中綿のことを聞いてみようかなと思って、公民館でご紹介いただいて、ご自宅に伺いました。聞いてみたら、玉島生まれ玉島育ちで、戦中も過ごされていて、今93歳。ありとあらゆることをご存じで、備中綿どころか、子ども時代の話から始まって、まだ戦後引き上げて帰ってきたところまでしか聞けてないんですが、全く備中綿にたどりつかない。その方はお話も上手くて面白かったですね。

山川 話はまだ途中なんですね。

安原 はい、途中です。まさか子ども時代から始まるとは思わなかったんですが、話していると乗ってきて話してくださる。

山川 その人にとっては聞いてもらえるその時間は楽しいんですね。今までは自分が伝えていかなくちゃということで一方通行だったのが、聞かれてしゃべるのとは全然違いますから。

安原 そうだといいなと思うし、そうなんじゃないかと医療系の人に言われたことがあります。医療の現場はそういう手法があるのかな、回顧療法みたいな・・・そういう手法があって、その人のからだに良い効果が現れるみたいですね。高齢の方が多いので、いつも気を使って1時間とかタイミングを見て、このぐらいで切り上げようと思うんですが、大体2時間以上には絶対なります。止めると消化不良になるから、時間が許す限り、疲れたと言われるまでは聞こうかなと、だいたい2、3時間は聞くようにしています。

デジタル化を目標にはしているけれど、やっていくと紙媒体の強さを感じます

山川 具体的に活動をスタートしたのは何年ですか?

安原 たまログという名で活動しだしたのは2013年だと思います。

山川 たまログとしての活動をどういう形でこれを地域に返していくのか、何ができているのか、そのあたりは?

安原 そこもずっと集めながら考えていることなんですが・・・たまログは正確には玉島地域写真デジタルアーカイブ化プロジェクトという名前で、デジタルアーカイブ化を最終的な目標にしています。なので、写真をデジタル化したものを、インターネット上になると思いますが、誰でもが閲覧できたり利用できるような状況にするというのが目標ではあるんです。
ただ、協力してくださる方や興味を持って下さる方も年配の方がほとんどなので、ネット見ないんですね。プリントしたものを見たいとおっしゃられる。今それがすごいジレンマです。私は片付けと将来のために、紙媒体をなくしデジタルアーカイブにするのが一番最適だろうと思ってデジタル化を目標にはしているけれど、やっていくと紙媒体の強さを感じます。実際に展覧会を開こうにも現像しなくてはいけないし、プリントしたものを展示して見せないことには、いくらデータを持っていてiPadでこうなんですと見せても全然反応が違うんです。
でも逆に、若い人に反応してもらおうと思うと、紙媒体だけでは届かない部分があって。私たちより下の世代の若い子たちにとっては、ネットで検索して出てこないものは現実にないもの、みたいな感覚があるなぁという気がします。そうすると、やはりデジタル化して、何かしらタグと言うか、キーワードをいくつか付与しておくことで、少なくとも検索対象になるという状況が必要かなと。ただ今は、とりあえず捨てられる前にデータ化だけするという、その作業に必死です。

山川 プロジェクトをスタートするにあたって、たとえば他地域、他府県のエリアでこういう活動をやっているところはあるんですか?

安原 あります。もうブームが去った後みたいな感じですが。

山川 1周遅れみたいな。

安原 こういう地域写真という言い方はしてないですが、古い写真のデジタルアーカイブ化は5、6年前にいろんな自治体で流行ったみたいで、ネットで検索したらいっぱいそういうのが出て来て、やはりどこもやろうと思っているんだなと思って。

山川 どこか参考にしたところはなかったですか?

安原 具体的にどこというのはないですが、デジタルアーカイブ化のプロジェクトの顛末をPDFにしてあげている自治体があって、最後まで読んでいくと、紙かデータかということが課題であると書いてありました。多分そうなるんだろうなというのが、たまログをやり始めるときにも、もうすでに見えてはいたんですが、ただまた5、6年前からテクノロジーがずいぶん進歩しているので、違うやり方がみつかるかもしれないと思ってます。

一回で終わる大きな波ではなくて、
瀬戸内海みたいな小さい波を

山川 今年は海外写真家が撮った玉島という写真展をやられていますが、それは海外とどういうつながりで? トルコの方?

安原 トルコの写真家の方です。古い写真を集めるのとインタビューの2本柱ができたあとに、昔の玉島の一方で、じゃあ今の玉島はどうなのかなと。今回の海外のアーティストを呼んで玉島を撮ってもらうという企画は、美術をやっているメンバーの提案です。いま写真を撮る人はアマチュアでもたくさんいるけど、同時代のプロの写真を集めるようにしてみたらどうかと。
それは5分ぐらいのところにある寺で胡麻供養、火を焚いているところがあって、そこで撮影させてもらった写真。

山川 地元の人が見ると新鮮でしょうね。

安原 皆さん玉島だと思えないとおっしゃっていました。違う町みたいと。公民館で写真クラブを作っておられる方がたくさん見に来てくださって、「自分たちも同じように撮ったんだけど全然違う。こんな顔してかついどったんかなあ」と。

山川 何日間か滞在して撮ったんですか?

安原 6週間です。光に対する感性が日本人と全然違うと思いました。トルコ人のセルカン・ヘキムジさんという写真家です。トルコやロシアでも仕事をしてるんですけど、レイルウェイストーリーという線路のシリーズ写真を制作しているので、新倉敷駅でも随分撮っています。かなり粘っていたみたいです、入場券を買って新幹線が来るタイミングを待ったり。

山川 地元の人だったら撮らないような写真ですよね。

安原 そうなんです。

山川 たまログの古い写真、現代を撮った写真を集めて、どうですか、今の地域の中で活動が生きている、役に立っているという手ごたえを感じてきました?

安原 古い写真を集める、インタビューをする、現代写真家に写真を撮ってもらう、というそれぞれで、少しずつ何か効果が出はじめているのかなという気がしています。今回のトルコ人の写真家が来たことは、私の周り、玉島の人には反響があったので、それは効果としては実感した部分が大きかったですね。写真そのものもですが、本人が6週間もいたことが大きくて、スーパーでトルコ人が買い物をするとか、生活の現場を玉島の人がかなり見るじゃないですか。今まで写真家となんて縁がなかった人たちと知り合って。「あの人写真家らしいわ」とうわさになって。たぶんこれも普通だったら撮らせてもらえないような、私が行っても多分撮らせてもらえない写真だけど、外国人でプロの写真家であるということが、垣根を低くしているということがあったり。プロジェクト全部で地域にさざ波程度のものですが、起きたのかなというのはちょっとありますね。そういう、さざ波を起こし続けていくというか、一過性で終わる大きな波ではなくて、瀬戸内海みたいな小さい波を、写真であるとか、写真の周りに起こることでできたら、たまログでやっている意味はあるのかなと思います。

山川 今、玉島に移り住んで10年過ぎて、今玉島という地域に対して思っている思い入れみたいなものは? 住めば住むほど興味深いとか、思った以上にこうだったとか。

安原 興味深いですね。ますます面白いなと。今回このプロジェクトをやったおかげで新たに知り合った方もいますし。同時に思うのは日本中世界中そうなんだなということなんですね。玉島だけがどうこういうことじゃなくて、たまログのプロジェクトもそうですが玉島地域に限ったことではなくて。

山川 どこでも本当に記憶の蓄積みたいなことが。

安原 どの地域もが抱えている課題として、少子高齢化や、空き家問題があって。記憶がどんどんなくなっていって均質的な町が増えているというのは、世界中に起こっていることです。でも結局どんなに同じようだったとしても個人一人ひとりは違うので、仕事にしても生活にしても、目の前のことを毎日普通にやっていく、それだけで地域の個性というか、そこまで大げさではないですが、地域の癖のようなものは残っていくかなと。

山川 地域の個性とは、生活をずっと続けていくこと、その蓄積が重なるということ。

安原 派手さはない、当たり前の日々の積み重ねというか。このあいだ、遺伝子の本を読んでいて、一人の人間が持っている細胞が60兆個で、その60兆ある細胞の一個の中にさらに30億の情報が入っているらしいんです。すごい桁の話で想像もつかないんですが。どんなに自分たちは均質だ、同じようになってきていると思ったところで、全く同じ遺伝子情報を持った人間が誰一人いないというのが現実で、その人間が日々それぞれが違った生活を送っているという状況であるなら、同じようだと自分たちは思っても、日々の生活の蓄積はやはり違ったものとして現れざるを得ないというか・・・
私たちが声を大にして地域の豊かさとかということを言わなくても、そもそも日々の積み重ねだけで多様な地域はできている、存在しているということを思いました。連綿と続けることの難しさと尊さを、地域写真を通して見続けたいです。

Profile

林 宗一郎

安原梨乃 
YASUHARA Rino

1977年三重県生まれ。南山大学文学部卒。結婚を機に倉敷市玉島在住。2013年「たまログ-玉島地域写真デジタルアーカイブ化プロジェクト」を企画し、実行委員会を発足。地域の景色や文化、暮らしを記録した古写真の調査・収集などに取り組む。

[たまログの主な活動]

2013年7月  有志により『たまログ』実行委員会を組織
9月  「全国町並みゼミ倉敷大会」の「玉島分科会」に合わせ、「軒先写真展」を開催
10月  第1回「むかし玉島オーラルアーカイブ」インタビュー撮影実施
2014年1月  安原倉庫創業80周年記念事業「26號蔵オープンウエアハウス」を共催
2014年5・6月  第2・3回「むかし玉島オーラルアーカイブ」インタビュー撮影実施
2015年2月  クリエイティブシェアハウス一鱗(倉敷市玉島中央町)にて「まちと女の子写真展」を開催
10月  写真家招聘プログラム「フォトグラファーin玉島」(企画運営たまログ実行委員会)を岡山県主催事業「備中アートブリッジ」の一環として実施

山川隆之 
YAMAKAWA Takayuki

編集者、吉備人出版代表。1955年岡山市生まれ。三重大学農学部卒業。地方紙記者を経て1995年に吉備人出版設立。『のれん越しに笑顔がのぞく-勝山・暮らしから始まるまちづくり』など「本づくりはまちづくり」を掲げ、これまでに約530点を出版。日本出版学会会員、岡山ペンクラブ会員、NPO法人アートファーム理事。=2012年度福武文化奨励賞受賞、2013年度岡山市文化奨励賞(学術部門)受賞。