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財団と人

#28 江森真矢子さん | 一般社団法人まなびと 代表理事
2020.3.11

教育、学びを核とした
地域づくりのために、できることを

2015年より3年間、和気町地域おこし協力隊(以下協力隊)として岡山県立和気閑谷高等学校の魅力化に取り組んできた江森真矢子さん。2019年4月、協力隊メンバーと教育や人材育成を通した地域づくりを目的とした一般社団法人まなびとを立ち上げ、協力隊卒業後も和気町に暮らしています。昨年度は、文部科学省地域学校協働活動推進・調査研究員、現在は和気閑谷高校のカリキュラム開発専門家や井原市ひとづくりアドバイザーとしても活躍中の江森さん。教育についての考え方や協力隊の経験を経て成長したことなどについてお話を伺ってきました。(会場:ENTER WAKE BASE)(聞き手:和田広子)

教育改革の流れを先取りする授業
カリキュラムを開発した上司に学ぶ

和田 これまでのキャリアを教えてください。

江森 もともと学校教育には興味がなくて、就職はメディア志望でした。が、全然決まらなくって、どうしようかと思っていたときに、「新しい教育のあり方を提案していきたいので、うちに来ないか」と学生時代にバイトしていた関係で知り合った日能研という学習塾グループの社長に声をかけていただき、これもご縁かなと思って決めました。教育研究所という部署で、私立の中高一貫校に出かけていっては記事を書いたり、学校の魅力づくりと生徒募集のお手伝いや、PBL(問題解の決型学習)のカリキュラム開発と運営をやっていました。

和田 カリキュラム開発ですか。

江森 日能研の授業は面白くて、求められることは思考の柔軟性であったり、自分の頭でものを考えるということを本質としています。文部科学省準拠ではなく、中学入試で求められる力から逆算したカリキュラムです。小学校3、4年生の時は、柔軟に頭を動かしながら学びって楽しいというところから、本質的な頭の使い方を学びます。国語では自分で漢字を作ったり、算数だとパズルで遊ぶだったり、理科は実験のようなものを入れたり、今の教育改革の流れを先取りするような授業でした。カリキュラムを開発したのが当時の上司だったので、そこから学んだ感じです。9年間ほど勤めました。

和田 そして、株式会社リクルートに転職された。

江森 2007年から2015年まで8年間勤めました。リクルートでは、高校の先生向けのキャリア教育と進路指導の専門雑誌『キャリアガイダンス』の編集者でした。自分で立ち上げた企画で、やってよかったなと思っているのは、「教科の中でどうやって生きる力をどうやってつけていくか」という教科教育を通じたキャリア教育についての記事や、地域課題解決型キャリア教育という連載企画です。和気閑谷高校では総合的な学習時間の設計などを仕事にしていましたが、今も一番のキモは教科だなと思っています。

ものの見方や、知識の生かし方や
技能を身に付けることが大切だと

和田 具体的にはどういう内容ですか。

江森 例えば、教科に関する記事で取材した兵庫県の美術の先生。その先生は地域でのアートプロジェクトを美術の時間にやっていました。美術を通して、どうやって社会とかかわっていくかというような授業です。ただ単にコンテンツを教えるというだけではなくて、教科の学びの中で生きていくために必要な力、ものの見方や、知識の生かし方や技能を身に付けることが大切だと思っています。
「地域で育むキャリア教育」という記事は退職後も自分で担当しています。高校の存続をかけた「高校魅力化プロジェクト」のパイオニアといえる島根県海士町の隠岐島前高校には、活動初期の頃に取材に行きました。社員時代は研究会や勉強会に参加したり、取材であっちに行ったり、こっちに行ったり、1カ月のうち半分近く出張していましたね。

和田 面白い学校や先生は、どのように探すのですか。

江森 一つは学会とか研究会。熱心な先生は論文を書いたり、いろんなところで実践発表されているので、紀要の中から見つけたり、キャリア教育の優秀表彰を受けている学校や文部科学省や教育委員会で指定校になっている学校などからも探します。勝手にGoogle方式と呼んでいますが、いい先生がいいと言っている先生はいいはずだと思っているので、ご紹介していただいたり。リクルートに勤めているときは、営業の人が各地にいるので、その人たちからいい人、いい学校、いい事例を集めるというやり方です。

和田 取材対象の決め手は何ですか。

江森 教育活動を通じて何をしたいのかという哲学が決め手になっている気がします。

和田 「教育」の面白いところは何ですか。

江森 次の社会を作っていくところですね。

和田 なるほど。

江森 私の教育観は、中学高校の経験にものすごく影響されていると思っています。開校2年目の、制服も校則もない学校に入学しました。先生たちがいい授業をしようというので、授業がものすごく楽しかったです。ものの見方と表現を大事にしていて、実技科目以外でも、各教科で本質を掴み取ることや自己表現することを大事にしている学校です。
行事をやるのも修学旅行も行き先を決めるのも生徒が決めてみんなで運営していく、生徒の自主性を重んじる学校でした。自分自身がそういう経験をしているので、中学生や高校生でも、任せたらできることがいっぱいあると思っています。先生たちは心配して失敗しないように先手を打ちますが、そうではなくて、やりたいようにできる環境さえ整えてあげれば、いくらでもやっていくのになあと。そういう楽しさを中高生のうちに味わってほしいです。

和田 サラリーマンをやめて協力隊へ。抵抗はなかったですか。 

江森 人からは自由人に見られがちですが、新卒で1社目に就職して以来ずっとサラリーマンでした。協力隊になるというよりも、高校の新しい教育を自分の手で作っていくというところに魅力を感じました。でも、最初の給与明細を見てびっくり。新卒の時にもらったお給料よりもずっと低くて、えー!っと(笑)。

和田 東京を離れることは、大丈夫でしたか。

江森 いろんなことをシフトチェンジするチャンスかなと思って東京を離れました。東京23区の外で暮らしたことがないので、この機会を逃すと一生東京の外で暮らすことがないかもしれないとか、そろそろ「江森真矢子」という看板で仕事をしていくのもいいかなと考えたり。
当時の私のことを覚えている友達は、あの時相当悩んでいたよねと言うので、その時は悩んでいたと思いますが、大きな方向転換をしたというよりも、自分が描くライフミッションの延長線上に、自然につながっている気がします

和田 協力隊として取り組まれたことは何ですか。

江森 主に取り組んだのは和気閑谷高校が取り組んでいる総合的な探究学習「閑谷學」のカリキュラム開発です。1年生はグループで小さいプログラムをいくつかやりながら探究の基本的なやり方を身に付け、2年生で1年間かけて地域でプロジェクトに取り組み、3年生は個人探究という流れを先生方と一緒に作りました。

自分の未来も社会の未来も
自分たちの手で作っていくための力を付ける時間

和田 具体的には?

江森 1年生は「発見!和気閑谷高校の新事実」というタイトルで、仮説と検証の練習。前半は、学校を舞台にしたいくつかのテーマから生徒が興味を持ったテーマを選び、仮説を立てます。例えば、食堂の売り上げ倍増計画、先生方から法則性を探すとか、校内の植生、スポーツテストのデータから何が言えるのかなど。その仮説を検証するために、インタビューやアンケートで情報を収集して、分析し、検証するという練習をしました。後半は、舞台を和気町に移し、自分たちなりの仮説を立て、検証し、まちがもっと良くなるための提案をしました。
2年生になったら、今度は提案するだけではなくて、自分たちの手で実現するところまで挑戦しよう、町に出ていろんなことをやってみましょうと。全員ではありませんが、実際に行動します。和気駅前のイルミネーション点灯式の参加を増やすため、子ども向けのワークショップを準備し、ポスターやチラシを作って小学校に持って行ったりして、実行委員の方々から参加者が増えたと評価していただいたこともありました。また、その年の生徒が始めた桃谷順天館さんとの商品開発は、次の学年で和気町の特産品開発補助金を受けることができ、ハンドクリームを完成させました。この商品は町内の商店や学校で1000本近くを売り上げ、今、2回目の製造に入っています。
3年生はチームではなく個人で自分の進路に関係する探究です。自分が実現したい未来、それは社会であったり自分自身の仕事やキャリアであったり、自分の理想に向けて実現するためにはどうすればいいのか2000字のレポートにまとめることに取り組みました。

和田 カリキュラムの意図は何ですか。

江森 最後はやはり自立だと、自分の道を自分で切り開くということだなと思っています。閑谷學をやっている中で、私が生徒に言っていたのは、「自分の未来も社会の未来も自分たちの手で作っていくための力を付ける時間だよ」ということです。
私の中ではキャリア教育として閑谷學を位置づけています。キャリア教育は、社会の中で自分らしく活躍していくためには、社会の中にどう自分を位置付けるかを探究し、そのための力をつけることだと思っています。そのためには、社会を知ることも必要です。自分は何が得意なのかとか、自分は何ができるのか、こういうことが好きだなとか、こういうことに課題意識があるなとかいうことに気づくことも。さらにはこういう社会を実現したいとか、こういう暮らしがしたいという意思を育てていくこと、社会の中で自分がどう生きていくかということの種がカリキュラムの中に埋めこまれています。

和田 3年間の閑谷學を通して学びとか気づきとかありましたか。

江森 やればやっただけ生徒は伸びるなと実感しました。大人と関わる経験や地域に出ていく経験が生徒を成長させることも目の当たりにしました。同時に、閑谷學だけでできることは小さくて、学校教育全体や日々の暮らしの総体の中で生徒は成長するという、当たり前のことにも気付きました。

協力隊を始めて、社会教育、
地域や行政という領域が増えました

和田 協力隊の経験で、江森さんご自身は何か変わりましたか。

江森 先日、中四国の地域おこし協力隊向け研修用に作った資料があるのですが、、できることがずいぶん広がったと思います。

和田 これは、わかりやすいですね。

江森 もともと私のやっていた領域は、学校教育の現場がメインで、学習プログラムを作る、メディアの編集と企画、時々研修や調査をやったりという感じでした。協力隊を始めて、社会教育、地域や行政という領域が増えました。できることとしては、自分が実際に教えたり、ワークショップのファシリテーション、組織を動かすみたいなところが広がっていきました。
岡山に生活の場を移すときにイメージしていた働き方が、複数の草鞋を履き、暮らすことと働くことが一体化しているような「現代版百姓」だったのですが、近づいてきています。

和田 最後に、和気町に暮らしてみていかがですか。

江森 仕事とプライベートの境界があいまいなのが、新鮮でした。町なかで知り合いにしょっちゅう会うことや、自宅とお店が一緒で、アポなしでもそこにいけば会えること、地区の行事やお祭り、プライベート、仕事、地域、活動が、混然一体となっている感じが面白いです。
地域のネットワークなしに閑谷學はできないですし、その渾然一体となった地域のエコシステムの中に、学校教育も入っている状態にしていけたらいいなと思っています。
これからも、教育、学びを核とした地域づくりのために、できることをいろいろしていきたいと思っています。

Profile

江森 真矢子

江森真矢子 
MAYAKO Emori

一般社団法人まなびと 代表理事

東京生まれ。自由の森学園高等学校卒業後、国際基督教大学に入学。卒業後、大手学習塾グループで総合学習・校外学習プログラムの制作・運営等に携わった後、株式会社リクルートへ転職。高校教員向け教育専門誌『キャリアガイダンス』の編集者を経て、2015年4月から岡山県和気町の地域おこし協力隊として、県立和気閑谷高校の総合学習と町の活性化に取り組む。2019年に一般社団法人まなびと設立。フリーランスの編集者兼ライターとして全国の地域・教育に関する事例を取材するほか、研修講師等を務める。

一般社団法人まなびと
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