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財団と人

#24 城之内庸仁さん | 岡山に夜間中学校をつくる会 代表
(2019年度教育文化活動助成対象者・3カ年継続助成) 2019.3.16

学ぶことは生きること
学びたい人すべてに教育の機会を確保

さまざまな事情で義務教育を修了できなかった人や、学び直しを希望する人たちを対象に、岡山に夜間中学校をつくる会は、岡山県内初のボランティアが自主運営する「夜間中学校」を毎月2回開催しています。年齢・国籍に関係なく、学びたい人すべてに教育の機会を確保し、共に学び成長していく学びの場の提供と、公立夜間中学校の設置に向けての活動、またそれを必要とする人々がいることを広く知ってもらうことを目的としています。活動のきっかけやこれまでの経緯について城之内庸仁さんにお話を伺いました。(聞き手:財団/和田)

様々な境遇の人と関わっていく中で、
「教育」は、とても大事だと

和田 まず、なぜ教師になったのか教えてください。

城之内 明確に絶対に学校の先生になりたいという思いで教育学を大学で学んだわけではなく、正式採用というのは実は30歳の時です。もともとの専門教科は社会科ですが、大学卒業後、英語の免許を取得し、採用試験は英語で受けました。
大学卒業後の約10年間というのは、いろいろな職業を経験しました。建築関係の営業をしたり、市街地の高層マンションの窓ふきをしたこともあります。そういう中で、倉敷市の水島に住んでいた頃、一緒に仕事していた年下の男の子が、自動車の免許を取ったと免許証を見せてくれました。免許証の国籍のところが日本ではなかった。今では本籍欄はありませんが、それがすごく僕の中でとても衝撃でした。その地域は、在日コリアンの方がたくさん住んでいるということを知っていましたが、同じように生活をしているのに、国籍を明記する必要があるのか、なにかモヤモヤした気持ちが残りました。20代の頃、様々な境遇の人と関わっていく中で、「教育」は、とても大事だと思いはじめ、27、28歳の頃、岡山市内の私立高校で英語科の講師の話をいただき、2年間勤めました。

和田 中学校の教師になった経緯は。

城之内 その高校は、期限付きでもあったので、そのあとどうしようかと思った時に、ある先生が、「城之内先生、中学校に行ってみたらどう。中学校というのは、城之内先生が話したようなことがまさに目の前で起こっているよ」と声をかけて頂きました。そこから中学校で講師を始めました。
最初に赴任した学校は教育困難校と言われていました。そこで子どもたちと関わる中で、彼や彼女が何でそんなふうになったのか、いろいろと悩み考えました。もちろん個別の背景がありいろいろです。本人の特性や家庭環境の課題も様々です。でも共通しているのは勉強がわからなくなればなるほど、鉛筆を持たなくなる、持ちたくなくなるということがわかりました。なぜ彼らがノートに書かないかというと、書く習慣以前よりも、もう小学校からさんざん自信を失ってきているんですね。だから勉強嫌いになり余計問題行動につながりやすくなっている。その頃は、まず目の前にいる子どもたちをなんとか最低限の読み書きができるようにしなければということに精一杯でした。

東日本大震災後に学習支援のボランティア
そこで夜間中学との出合いが

和田 夜間中学校のことを考えるようになったのはいつですか。

城之内 あの3.11東日本大震災が起こりました。高校3年生のときに阪神淡路大震災があり、居ても立って居られず神戸の長田区に駆けつけたのですが、何もできなかった苦い思いがあり、それを胸に、今度は教員として何ができるかと考えました。
震災後の最初の夏休み、学習支援のボランティア活動で、福島の仮設住宅や避難所に入りました。そこで、福島で自主夜間中学校を運営されている方と出会いました。こんなに大変なさなかに夜間中学校をされている、まずは見学に行かせてもらいました。
実際に行ってみると、おじいちゃんおばあちゃんから、不登校、形式卒業者の人たちが、たくさん。えんぴつをにぎって真剣に学習に取り組まれていました。その姿に感動しました。それ以降、何度も行かせていただいたのですが、いつお邪魔してもそういう光景が繰り広げられている。僕の中にだんだんと、もしかしたら、岡山にこういう学校ができたらいいな、いるんじゃないかという思いがわきおこってきました。

働きたくても働けない、
学びたいと思っても学ぶ場所がない

和田 なぜ、そう思われたのですか。

城之内 一つのきっかけは、進級認定会議や卒業認定会議の時にだいたいどこのクラスにも、全欠もしくは不登校の子が一人くらいいて、教育的配慮という名のもとに、原級留置をせず形式卒業ということになります。これも仕方ないというのは、私も現場の教員だからわかります。原級留め置きをしたからといって、その子が来られるかというと来られない。だから進級や卒業をさせて3年間勉強せずに修了せざるを得ない。
僕の中でずっと気になっている子が何人もいました。そのうちの一人が、卒業後、訪ねてきてくれたことがあります。その子の家にはよく家庭訪問をしていましたから、嬉しかったですね。いろんな壁とか穴が開いていて、お母さんも大変だった。そんな彼が訪ねてくれた時に、「どうしたん?」と聞いたら、「あの時は会いたくなかったし、部屋から出ることができなかった。でも、その後、インターネットでいろんなものを見たり、オンラインでいろんな人とも話したら、外に出たくなった」と。
「それはいいことだ。今は何をしてるの」と聞いたら、「先生、僕も外に出れるようになって、まずコンビニでアルバイトをしようと思った。でも、高校生もしくは高校卒業以上と言われた。つまり僕はコンビニでバイトができない」と。「そうか。その後どうだったの」と聞くと、「知り合いの会社を紹介してあげるから履歴書を書いてと言われたけど、字も汚いし誤字も多く、書けなかった」と。その時に、働きたいという気持ちがあっても働けない、学びたいと思っても学ぶ場所がないんだと思いました。

(撮影:黒部麻子)

和田 その生徒さんの言葉がきっかけとなった。

城之内 2011年から動き始めて2017年の設立までに5、6年は経っています。最初、何から始めていいのかわからなかったので、いろいろな方に相談をしました。始める前の2、3年は全国夜間中学校研究会とか、夜間中学校の関係者の方にいろいろお会いさせてもらいました。いきなり大きいことはできないから、小さくてもいいから始めてみて、仲間を3人作りなさいというアドバイスをもらいました。
でも同僚や教育関係者には言えなかった。部活動の朝練で7時前後からやってきて、18時半まで部活動をみて、事務仕事をしていたら21時22時に。さらに生徒指導があったら、それこそ帰宅は深夜12時、1時。そんな風景を見ていたら、積極的に仲間になってほしいとは言えなかった。実際に何人かの先生に声をかけたけど、「ええことを思いついとるけど、やっぱりちょっと難しい、手伝ってあげられない」と。こうなったら、一人でしてみようと。

和田 夜間中学校の活動の始まりですね。

城之内 最初は水島に作ろうと思ったんですが、みんなが集まりやすい場所が一番いいじゃないということで、岡山駅近くの国際交流センターを会場に選びました。
最初は、6階の個室を借りたり、オープンスペースで待っていたりしていました。しかし、半年以上、見事に誰もやってこない。ちょうどその8月の時に、奈良県で夜間中学校増設運動という大きい会があって、「岡山にもニーズがあり、夜間中学校はいると思ったけれども、なかなかうまくいきません」と相談したら、「絶対にあきらめたらいけない。岡山だけでなくて全国でニーズはあるのだから。あなたは今、それに気づいて動き出そうとしているのだから、必ずやり続けなさい」と言われました。その会に参加されていた文科省の元事務次官で夜間中学の拡充を訴えている前川喜平さんの前に連れて行ってくれて「岡山の彼ががんばっているんだけど、応援してやってください」と紹介してくれました。

和田 それで、岡山での講演会(注1)につながってくる。

城之内 前川講演の前に、岡山の夜間中学校の報告をさせていただきました。前川さんは、夜間中学校と義務教育の話をしてくださって、そこに来られていた一般の参加者の方がスタッフになりたいですと3名ほど言ってくださったり、生徒さんもそこで2名増えました。そのうちの一人が井上君。今も通っていますし、学級委員長をしてくれています。

和田 それで2018年から当財団の助成金スタートですね。

城之内 以前から助成事業のことは知っていました。もし、自分が活動することになったら応募しようと思っていました。助成金のための申請書を書いた時は、実際問題、スタッフはまだ3、4名しかいなくて、資金もなくて。

自主夜間中学校はずっと永続的に
公立夜間中からあふれた人たちを救いたい

和田 目指すところとは、公立夜間中学校の設立ですか。

城之内 一つは我々の会を通じて「ニーズがあるよ」「こういう学びたい人がたくさんいるよ」、ということを多くの人に知ってもらい、一刻も早く、公立夜間中学校を設置していただけるよう後押ししていくことです。
自主夜間中学校はずっと永続的にやっていきます。その理由は、公立夜間中学校は簡単にいうと、基本的に月曜日から金曜日まで。一方で、月曜から金曜まで行きたいけど行けないという声もたくさんあります。仕事の都合とか家庭の事情で週に1回ぐらいだったら行けるけれどもという方は公立夜間中学校には行けない。そういう公立夜間中学校からあふれ出た人たちを救うようなところでもありたい。
もう一つは、これは全国を見聞きしてわかったことですが、公立夜間中学校の修業年限は3年です。3年を目途に卒業証書を出しますが、在籍年数は地域によって違っていて、9年のところもあれば、12年のところもあります。12年経つと除籍になるんです。そこに学籍が置けなくなってしまって、その人たちはどこに戻ってくるかというと、自主夜間中学校です。そのようなことを考えると岡山は今まで通りずっと自主夜間中学校をやっていきたいと思います。

和田 何が今、一番、必要ですか。

城之内 やはり資金です。教材や教科書の寄付はありがたい半面、使い勝手が悪いところがあります。寄贈してくださった問題集でもかなりレベルが高いものがあります。
例えば何かの行事をする時に、資金があると会場費や運営費に充てることができます。公立中学校だったら普通は就学援助があります。でも、自主なのでありません。ここには生活保護を抱えながら来てる人もいます。その人には校外学習の時には、参加費4000円のところを1000円とか500円にして参加できるようにしています。
犬島校外学習を実施して驚いたことは、参加した9割以上の方が学齢期に校外学習に参加したことがないんです。考えてみたら、すごく当たり前のことですが学校にいっていないからです。中学2年生は広島研修に連れて行って、3年は長崎か沖縄に修学旅行に行くのですが、不登校の子は来ません。校外研修だけでなく、体育会の経験がなければ、文化祭も経験していないわけです。
校外学習に参加したあるおじいちゃんは1週間前から荷物を出したり入れたりしたそうです。ワクワクと不安だったからそうです。10月に行ったのに、電気毛布を持ってきたり……でもそういうのを見るとほほえましいし行事を企画してよかったと思います。

和田 他県の自主夜間中学校は、どのように資金を集めていますか。

城之内 まず規模を小さくしています。入学条件を設けてお断りをされていたりとか、スタッフさんの会費を高めに設定しているとか。これは笑い話ですが、千葉県松戸の自主夜間中学校の財政源はいろんな祭りに出かけて行って、たこ焼きを焼くんだそうです。そこの生徒もスタッフも英語が上手になるよりも、たこ焼きを焼くのが上手になったというぐらい(笑)そういう感じで資金を集めてやられていたりとか、自治体によって違いがありますが減免措置を利用したり。ちなみに岡山県の場合、国際交流センターでの活動は減免措置の対象外です。

行政の理解や支援求めても
返ってこないいい返事

和田 2019年4月からは旧内山下小学校が会場になると伺いましたが。

城之内 岡山芸術交流があるので、9月、10月、11月は利用できないので、その時だけ国際交流センターに戻るという感じです。
常時来ている生徒さん、スタッフ含めて80名ほどになりますが、旧内山下小学校は40セットしか学習机と椅子なくて。30万円ぐらいかけて一生懸命、机と椅子の中古を探しました。

和田 自主夜間中学校を支えていく仕組みを行政に求めたとことはありますか。

城之内 例えば、北九州は学校の教室を無償で貸しています。社会教育の担当部局が年間200万円ぐらい出しているそうです。先生も有償ボランティアで、かなり充実しています。でも一方で、全国の自主夜間中学校の中には、公立化をあきらめて社会教育の一環になっているという方もいます。要するに、公立学校を作らない代わりに行政が予算をつけるので、これで運営しないかと。私は、いずれにしても学ぶ場の確保が最優先だと考えます。行政にも何度かお願いに行きましたが、いい返事は頂けませんでした。

和田 寄付は受け付けていますか。

城之内 寄付は受け付けています。ホームページや会報に口座番号を書いています。3000円、5000円と継続して寄付をしてくださる方がおられたり、中には兵庫の方から教科書や問題集を娘が卒業したので送ってくださったりとか、いろんな方がいろいろな形で寄付をしてくださっています。クラウドファンディングもしました。しかし継続的な財政をどうするの?といった時に正直ないというのが現状です。

和田 ここ1年で、メディアへの露出がすごく高くなったので、応援してくれる方や生徒さんも増えるのでは。

城之内 4月10日のRSKテレビの番組「メッセージ」(注2)で特集していただきました。必ずテレビに出た後は、来たい生徒さんが増える。読み書きができない人は、耳か目なんです。ラジオとテレビなんです。だから、絶対に大事にしたいんです。読み書きができない人にとって、チラシをいくら撒いても届かない。

和田 チラシを置く場所も重要ですね。公民館は行かない人も多いから。

城之内 生活している中で、なかなか公民館を頻繁に利用する人は少ないと思います。読み書きができない人は、図書館や公民館に基本、行きませんから、だから置く場所が大切です。一歩踏み込んで、スーパーや病院に置くのがいいと思います。
あと、役所の窓口で、字が書けない人が必ずいます。その人たち渡していただきたい。一人ずつ対面で、ここに電話してきてねと。そうしたら書けるようになるよと声をかけて欲しいです。

和田 他に可能性を感じるところはありますか。

城之内 民生委員さんとのタイアップです。民生委員さんがけっこうしんどい家に行かれているから、そこの人たちに話をしてもらえたらいいなと思っています。そうすると、しんどい人に届きやすい。これは掘り起こしなんです。結局、勉強ができる人は自分でアピールできます。例えば、東京大学を出ている人は、東大卒ですと言えますが、学校を出ていない人は言えない。まして読み書きできない人が、字が書けないですとなかなか言えません。だからそのような人が自分の周りにいないか、丁寧に丁寧に見ていかないと、見落としてしまいます。
学ぶことは生きること。岡山に夜間中学校をつくる会は、学びたい人すべてをの方を引き続き受け入れたいです。

(注1)
人権と文化のつどい「前川さん 大いに語るin岡山」〜夜間中学・義務教育・新設学部問題〜(2017年11月12日)

(注2)
RSK地域スペシャルメッセージ http://www.rsk.co.jp/tv/message/

Profile

城之内 庸仁

城之内庸仁 
NOBUHITO Shironouchi

1976年広島県府中市生まれ。岡山市立中学校英語教諭。岡山県内で学び直しを望む人のために2017年4月、岡山国際交流センター(岡山市北区奉還町)を教室にして「岡山自主夜間中学校」を立ち上げる。西日本豪雨で避難所が開設された倉敷市立岡田小学校にも通い、約1か月間、被災した子どもたちの学習支援にも携わる。

岡山に夜間中学校をつくる会 
https://oka-yachu.jimdo.com/