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財団と人

#2(前編) 江原久美子さん | 福武コレクション研究員
対談日:2015.05.19

前編 「改めて、国吉康雄は天才だ」と感じた美術展

後編 「国吉康雄と現代アート」

スミソニアン美術館が、
なぜ国吉康雄の大回顧展を開催するのか―

4月3日からアメリカ・ワシントンD.C.のスミソニアン・アメリカン・アートミュージアム(以下、スミソニアン美術館)で開催されている国吉康雄の回顧展「The Artistic Journey of Yasuo Kuniyoshi」。同展に最も多く作品を貸し出した福武コレクションの研究員である江原久美子さん。今回の展覧会は彼女の瞳にどう映ったのだろうか。(聞き手:財団/和田広子)

―― こちらは何ですか。

江原 これは、スミソニアン美術館で今行われている国吉展で売られているグッズです。福武コレクションの「鯉のぼり」という作品を使ったグッズが、何種類も作られて販売されています。

―― 展覧会は4月3日からいつまで。

江原 8月30日までです。約5ヵ月間、開催されます。

―― 私のスミソニアンのイメージは、『ナイトミュージアム2』(2009年公開のアメリカ映画)。スミソニアン美術館は国立ですよね?

江原 スミソニアン美術館は、19世紀に建てられた建物を、アメリカ政府がいろいろな用途に代々使い、現在は美術館になっています。とても大きな石造りの、ギリシャ神殿のような古典的なスタイルの建物です。(注1)

スミソニアン・アメリカン・アートミュージアムの外観

―― アメリカの美術館の中で象徴的な美術館なんですか。

江原 アメリカのほとんどの美術館は、民間が運営しています。メトロポリタン美術館にしても、ニューヨーク近代美術館(MoMA)にしても民間で、個人の人たちが寄付をして成り立っている美術館です。その中でワシントンには国立の美術館としてナショナル・ギャラリーとスミソニアンの美術館がいくつかあります。スミソニアンは、美術ではなく科学や自然史の博物館というイメージが強いですよね。有名なのは、『ナイトミュージアム2』に出てきたような、恐竜がいたりとか。

―― 大きなリンカーンがいたりとか。

江原 そうそう。月の石や飛行機が展示されている科学系の博物館というイメージが強いかもしれないですが、ファインアートの美術館もあるんです。ここは、自分たちがアメリカのアートを作っていくんだという気構えがすごく強い美術館だと思います。

―― アメリカのアートを作っていく……、「ファインアート」ってなんですか。

江原 今言ったのは、絵画とか彫刻のような、多くの人がいわゆる美術と思っているもの、という意味です。スミソニアンには、そういういわゆる美術ではない、科学の分野のものをたくさん収集して展示している一方で、人間がつくりうるものとして美術作品も多く扱っていて、アメリカの美術とはどういうものかを考え、発信しているんです。

―― スミソニアン美術館が、今回、国吉康雄の大回顧展をしようと思ったのはなぜですか。

江原 アメリカでは、国吉康雄を知っているのはアートの専門家だけで、一般の人にとっては、「国吉って誰?」という感じになっていたんですね。日本では国吉の展覧会が時々行われていた(注2)のに、アメリカではここ何年も大きな国吉展はなかった。アメリカのアートとしてすごく重要なのに、国吉は放っておかれているんじゃないかという意識がスミソニアンの中で生まれて、再評価しようということになったんです。アメリカンアートとして重要なんだということを、ちゃんと位置付けて知らしめようということなんですね。

―― 国吉は日本人ですけど、アメリカンアートとして重要というのはどうしてでしょう。

江原 もちろん作品が優れているというのが第一だと思います。国吉は、アメリカの美術の流れの中で、ほかの誰にも似ていないオリジナルの絵画を描いていました。それから、国吉がどういう時代に生きていたのか、それはアメリカにとってどういう時代だったのか、どういうアーティストと付き合っていたのか、美術家協会を立ち上げてその初代会長になったりしているけれど、どういう時代に誰とやっていたのか。日本というルーツがどう影響しているのか。こういうことを調べれば調べるほど、アメリカがどういう時代だったのか、誰がどう動いていたのか、ほかの国の文化をどう受け入れていたかということがすごく分かるんですよ。国吉の作品と生き方を忘れたままにするのは、アメリカの文化にとってもったいないという意識があったんじゃないかと思います。

―― それはほかのアーティストではなくて、国吉だった。

江原 国吉は重要ですが、ほかのアーティストもそうです。スミソニアン美術館は自分たちがアメリカのアートを作っていくんだ、定義していくんだと認識していて、忘れられそうになっているアーティストを掘り起こして、これもアメリカのアートとして重要ですよ、と紹介する活動をずっと続けているんです。(注3)

アメリカからのオファーに
3年前から準備を重ね

―― 江原さんはその美術展の準備段階から携わられていたわけですが、具体的に言うと。

江原 この展覧会は、福武コレクションが協力するかしないかですごく大きく変わるものだったので、準備のごく初期の段階でトム・ウルフさんが来日したときに福武總一郎さんに会って、「3年後にこういう展覧会を計画しているんだけど、協力してもらえますか」と打診されました。トム・ウルフさん(バード大学教授)は今回の展覧会の企画者の一人で、国吉を長い間研究してきた第一人者です。

―― オファーが来た。

江原 3年前からいろいろ作品を選んでこられて、2年くらい前に「これらを借りたい」という依頼が来たんです。その貸出同意書や画像を準備したり、作品そのものを貸し出せる状態にするという仕事がありました。作品は破れたり傷ついたりしているわけではないので、日本で展示するには問題ないんですが、やっぱりアメリカまで運んで長い間展示するので、それに耐えうるか、物質的に傷んでないかをチェックしたいと思って、貸し出す作品15点を、絵画の修復家に見てもらいました。「この作品のここのところがちょっと弱くなっているから、補強したほうがいい」というようなことをチェックしたんですね。その結果、必要な処置をするとこれくらいのお金がいりますという見積もりを出してもらって、福武總一郎さんに「こうしたい」と言ったら、「ぜひやろう」という返事がもらえて、作品を修復家に預けて補強や修復をしてもらうということを去年はやっていました。今、作品はとても良い状態でスミソニアンで展示されています。

―― セレクトはどなたが。

江原:今回はキュレーターが2人いるんですけれど、スミソニアンのジョアン・モーザーさんというキュレーターと、トム・ウルフさんです。

展覧会の様子

―― これがいいと。

江原 全部で66点なんですけれども、66点で展覧会をどう構成するかというのを考えて、その中で、ここにこの福武コレクションの作品が必要というのを当てはめているわけですね。

―― なるほど。実際に見られていかがでしたか。

江原 私は福武コレクションの作品は度々見ているし、岡山県立美術館の作品も見ていますけれど、今回アメリカの作品がたくさん来ていて、本物を見るのは初めて、あるいはすごく久しぶりというのが多かったんですね。私の第一印象では、やっぱり本で見るよりも色がすごくきれいだなと思いました。

―― これは、今回の図録の表紙ですよね。

江原 これはメトロポリタンが持っている作品なんですけれども、やっぱり書籍で見るのと本物を見るのでは、色が全然違いますよね。

―― この図録では暗い感じですよね。

江原 本物に比べたらちょっと沈んでいる感じで。

―― でも実際は色が明るい。

江原 鮮やかですね。晩年の色は、赤とか青とか鮮やかな色がもともと使われているのに対して、その前の時代は、茶色とか緑とかちょっと暗い感じの色が使われているんですけれども、それも本物を見ると、すごくきれいな茶色であり、すごくきれいな緑なんですよね。やっぱり国吉は色が素晴らしいなと思いました。
それからやっぱり熱というか、力が一つ一つの作品から発散されていると思いました。なぜそんな感じがしたかというと……国吉の絵って、描かれた内容は普通ありえないような幻想的なものなのに、真実味があると思うんです。国吉にとってリアルなことだったんだろうな、と思うと同時に、自分としても空々しいものではなくリアルなものとして共感できる。それが、国吉の作品に熱とか力を感じる理由かもしれないですね。

別々の美術館から貸し出されたものが一堂に出ているので、普段は一緒に並ばない作品が隣同士になっているわけですね。例えば、この作品とこっちの作品が同じテーマだったんだなということがあらためて分かって面白かったり。あと、これは日本から出ていた作品なんですけれども、筑波大学が出されている作品に描かれている女性の顔が、中国銀行さんが持っている作品と同じだというのが本物を見て分かったり。一個ずつ並べてみて、さっきこっちで見たのはこっちと関係しているんじゃないかなとか、初期で描かれていたものが、晩年にもこういうかたちであらためて描かれているんだなということが分かるというような、いろんな刺激があったと思います。あと、私も図録でしか見たことがなかった最晩年のドローイングの本物が出ていて。

―― 見たことないですね。

江原 ですよね。岡山にいると、晩年は『ミスター・エース』を描いて、次の年亡くなったという意識が強かったんですが、そのころこういうものも描いていたんです。レゾネ(作品目録)を見て知ってはいたんですが、あらためて本物を見ると、この人の心の中は一体何だったのかと……。亡くなる直前に、暗いとか重いとかだけでは言い表せないような絶望的な感じであり、かつパワフルな感じがある。そういう本物がたくさん見られたというのも、あらためて収穫でした。

国吉がどうオリジナルだったのか
その独自性を証明できれば…

―― その江原さんが見てきたものを、今度は岡山でアウトプットしていかれると思うんですけれども。

江原 今回、国吉が本当にオリジナルな、独自の創作を続けていたのだということを改めて感じ、国吉は天才だと思いましたね。福武コレクションを研究する立場として、国吉の作品をじっくり研究して発表していきたいと思っています。これまで、国吉の人生についての研究は多いのですが、作品そのものにとりくんだものは意外と少ないと思います。何が描かれているのか、どう描かれているのか、どういう素材を使ってどのような方法で描いているか。ここでは修復家の力も借りることになると思います。作品をじっくり見るなんて一見基礎的なことですが、国吉がどんなふうにオリジナルだったのか、独自性があったのかということが自分でも証明できればと思っています。

皆さんには、本物の作品を見てほしいですよね。去年、岡山シティミュージアムで展覧会をやったときに、やっぱり本物を見てもらうことで始まるものがあるなと思ったので、あまり口で言ったりするのではなくて、本物を見てほしいですね。

注1: スミソニアン博物館群:ワシントンD.C.を拠点とする科学、産業、技術、芸術、自然史の博物館と教育機関の複合体。スミソニアン学術協会が運営し、アメリカ合州国連邦政府が主な財源を担っている。19の博物館と教育機関のうち多くがワシントン.D.C.にある。

注2: アメリカでは1986年にホイットニー美術館で国吉康雄展が開かれたあと、大きな美術館での国吉展は開かれなかった。一方日本では、1989年京都国立近代美術館ほかでの生誕100周年記念展、2004年東京国立近代美術館ほかでの巡回展、2006年岡山県立美術館、2012年横須賀美術館での企画展など数年ごとに国吉康雄の展覧会が開かれている。

注3: スミソニアン・アメリカン・アートミュージアムの使命は、「アメリカ美術を収集し、理解し、楽しむことに専念する。彼らの作品がアメリカの経験と世界的とのつながりを反映するアーティストの並外れた創造力を、この美術館は賞賛する。」国吉康雄を再評価しようという意志は、ここから生まれている。

(続く) (後編) 「国吉との出会い」

[新・国吉康雄岡山市民講座vol.1 トム・ウルフ特別講演会]

講師: トム・ウルフ氏(バード大学教授。スミソニアン美術館国吉康雄展 企画者)
日時: 2015年6月24日(水) 18:00-19:30 (開場17:30)
会場: 岡山大学鹿田キャンパス Junko Fukutake Hall 入場無料(先着順200名)

スミソニアン国吉展を企画したウルフ氏が来日。同展の意図、アメリカでの国吉に対する評価や、岡山で新発見された国吉作品などについて講演します

「みんなでスミソニアンに行こう!」
スミソニアン・アメリカンアートミュージアム国吉康雄回顧展と、国吉康雄ゆかりの地を訪ねる
~ニューヨーク・ワシントン7日間の旅~

スミソニアンの国吉展見学のほか、ニューヨークで、国吉が学び教えたアート・スチューデンツ・リーグの見学ほか、国吉とアートに浸る7日間。江原さんも同行します。

旅程: 2015年8月4日〜8月10日
岡山空港発着。ニューヨーク、ワシントンDCを訪問。

お問い合わせ先:クニヨシパートナーズ
tel: 086-207-2720  info@yasuo-kuniyoshi-pj.com

About KUNIYOSHI

国吉康雄
Photo by Adrian Siegel
国吉康雄自画像
国吉康雄「自画像」1918 年 油彩・キャンバス

国吉康雄 KUNIYOSHI Yasuo (1889-1953)

日本に生まれ、20世紀前半のアメリカで活躍した画家。
出身は岡山(岡山市北区出石町)。1906年、17歳で移民として単身アメリカに渡った後、労働生活の中で絵の才能を認められ、画家を志す。2度のヨーロッパ滞在、1度の帰郷のほかはニューヨークに拠点を置き、女性像、静物、仮面や道化などを暗喩に満ちた独自の画風で描き、評価を得た。1929年、ニューヨーク近代美術館での「19人の現存アメリカ人画家」展の出展作家として、1952年にはヴェネチア・ビエンナーレのアメリカ代表として選ばれるなど、戦前、戦後をとおしてアメリカ人画家として成功を収めた。

Profile

江原 久美子

江原 久美子 
EHARA Kumiko

1968年生まれ。岡山県出身。大学卒業後、福武書店(現ベネッセコーポレーション)に入社。教材編集などを経て1996年から同社の直島でのアートプロジェクトに参画。美術館運営、家プロジェクト製作や福武財団設立などに関わる。2007年退社。2011年から福武財団顧問、福武コレクションの国吉康雄作品・資料の研究、管理に携わる。2013年「ベネッセアートサイト直島の原点—国吉康雄展」ベネッセハウスミュージアム(ベネッセホールディングス主催)を企画。