福武教育文化振興財団

ホーム > 財団と人 > #14 中島諒人さん
財団と人

#14 中島諒人さん | 劇作家/演出家

プレゼンテーション:2017.01.14

「演劇の可能性を
    鳥取から全国へ発信する」

2017年1月14日にJunko Futake Hallで開催された福武教育文化振興財団30周年記念フォーラム「ここに生きる、ここで創るvol.6」―地域にこそ在る最先端でパネリストの方がお話された概要をご紹介します。最後は、中島諒人さん(演出家/鳥の劇場芸術監督)です。

皆さんこんにちは、中島です。まず、廃校を活用した「鳥の劇場」の様子をお話します。2006年から活動を始めて昨年(2016)の7月30日に10周年を迎えました。その10周年のタイミングで劇場の改修工事を行いました。本当はきれいに全部改修が終わっていればよかったのですが、皆さん見ていただいてわかるように、体育館のバスケットコートとかの線が引いてある状態です。

この時は、とりあえずだいたい完成したということでのお披露目会となりました。知事や市長に来てもらったお披露目会だったので、本当は完全に完成した劇場をお見せできればよかったのですが、いろんな事情で間に合いませんでした。ちょっと何か言い訳しないといけないなということで、「だいたい完成した」ということでやりました。

「劇場という場を通しての価値創造」
を掲げ

私たちはこんなような田舎で活動しています。

先ほど平田さんが、奈義町が6000人とおっしゃっていましたが、劇場がある鹿野町というところは、鳥取市の端っこの方で4400人の町です。ただ、奈義町は独立の自治体ですが、鹿野町は2004年に鳥取市に合併しました。鳥取市は平成30年4月を目標に中核市への移行を目指していますが、人口は目下減り続けていて19万人。中核市になるためには20万人というのが条件が必要ですが、減り続けて今は19万人です。

2006年から活動を始めたと言いましたが、2005年に「Always 3丁目の夕日」という映画がありました。映画の宣伝のコピーが「みんなが明るい未来を信じていた昭和30年代」。昭和30年代は、みんなが明るい未来を信じていました。ということは、逆に言うと、2005年時点では、もはやみんなが明るい未来を信じられない時代になっていたということになると思います。理由は、はじめに近藤さんが文明史的な、歴史的な解釈をされたり、平田さんが説明されましたね。

私たちは劇場の存在価値を「劇場という場を通じての価値創造」ということで語ろうとしています。価値創造と言うと、クールジャパンとか経産省的なニュアンスの中では、〈どうやったら儲けられる商品が作れるのか〉というふうにとらえられる節があります。しかしそうではなくて、〈どうやったら人間は幸せになれるのか〉ということを考える場としての劇場というものを作っていきたいと思っています。時代的な大きなニーズの中で私たちの活動は始まりました。ただ、当初はあまり考えていなくて、自分たちの場がほしいなという思いの方が強かったのが正直なところです。

活動を始めるにあたっては、資金が必要となります。補助金や助成金は、ただくださいと言っただけでは、当然ですが誰もくれません。社会と何らかの取り引きが必要です。私たちは社会に対してこういう貢献ができます、であるからこういうふうに支援をしてくださいという。そういう関係を作るために、劇場を作る必要性あるいは演劇というメディアを使って何ができるかということを考え続けました。

改修の前はこんなふうだったんです。

はじめは、なかなか自分たちでいい場所できたなと思ってたいましたが、隙間風とかがひどくて、ベニヤ板を張りました。雨漏りもしました。こんなふうに冬を迎えてました。

それで、これが、改修工事が始まった2016年1月ぐらいの様子です。

体育館自体は鳥取市の持ち物です。その市の持ち物を私たちNPOが無償で借り受けて、自分たちで手を加えて劇場化して、運営していくという形を取っていました。ですので、どういう論議で行政が劇場改修に対して金をいれるんだいという問題がありました。そもそも論として、この建物は鹿野町が鳥取市と合併した時には壊すという前提で、駐車場にするということでした。何のために駐車場がいるんですかと聞いたら、観光客のために大きい観光バスが入れる駐車場がいるから、そのために壊すという話でした。この建物を貸してくれた時、僕は大変喜んだのですが、市の人はどうせ壊すからいいやというふうに思っていらしたのだと思うんです。でも、私たちの活動を多くの方が興味をもってくださって、それからいろんな形でご支援していただいたこともあって、壊そうという話自体がなくなりました。実はお金が出たことよりも、壊そうという話がなくなったこと自体が、行政的には大きかったのではと思っています。壊すという話がなくなって、鳥取県と鳥取市が半分ずつお金を出し合って、7000万円くらいで直してくれました。

屋根を直し、壁を直し、耐震補強を入れるという工事です。こんなふうになりました。

どうですか? 鳥取市の担当者の人に、素材についての注文とかいろいろしましたが、行政の規格のようなものがあって全然議論にならなくて、なんとかいろんな落としどころを探しながらこの形を作りました。そして、グレーの壁面だけだと寂しいので、ちょっと塗りました。ペンキ屋さんにも来てもらってみんなで塗ってこういう形になりました。

これは7月30日のお披露目会の時の校庭の様子です。実際にこの当日が近づいてくると、お客さんが本当に来てくれるのかなと、けっこう不安になりました。お披露目会で、小さい上演はあるのですが、挨拶があったりするだけで大したことをやるわけではありません。お客さんが30人ぐらいだったらどうしよう、カッコがつかないなと思っていました。が、蓋を開けて見ると200人を超す多くの方が来てくださいました。非常に盛況のうちに終えることができました。私たちの10年間の1つの成果として多くの方が私たちの活動を応援してくださって、それによってこういうことができた、非常に誇らしく思うということを、ご来場いたただいた皆さんにお話しすることができました。

共に生きることを
   実践してみせる場所としての劇場

話を変えます。価値創造の場としての劇場ということで、これは、昨日まで米子市で上演をしていたものです。

障害のある人と健常の人が一緒にお芝居を作るというものです。障害のある人の美術活動というのは非常に盛んだと思います。美術によって内的な世界が、すごく不思議な世界として描かれて、それによって感動するということが私たちにはあります。一般的に美術、あるいは書道など、一人でやる作業は障害のある人、才能のある人が非常にユニークなことをやることがあります。ただ、やはりパフォーミングアーツというのは人と合わせないといけないという問題があるので、なかなか難しい。ダンスだとまだ時々はあります。障害のある人のダンスというのは、特に車いすのダンスというのは結構盛んです。

けれど演劇というのは台詞を覚えないといけないし、段取りなども少しあるので取り組むにはやはりちょっと難しいところがありますが、私たちは2013年から「じゆう劇場」というプロジェクト名で活動しています。平仮名でじゆうと書いて、「じゆう劇場」です。

今回の上演だと4名の方が車いすでいらっしゃって、知的障害の方もいらっしゃって、身体障害の方もいらっしゃって、合計13人の出演者で活動しています。こういうことを通じて思うのは、やはり私たちの社会というものが、どれほどに兵隊だけによって、ソルジャーよって構成されてきたかということです。兵隊というのは、まずは具体的に武器を持って戦場で戦える兵隊、その後は経済戦争を戦える兵隊、そういう兵隊を中心にして私たちの社会は構成されてきました。

しかし、いろんな節目、いろんな社会の変化の中で、どうもその価値観だけでは私たちの社会は成り立たないし、みんなが幸せになっていくこともできないという問題意識が強くなってきたように思えます。

そういう大きな社会的な流れの変化があり、同時に若干世俗的な話になりますが、パラリンピックみたいな課題もある中で、こういうふうに健常の人と障害のある人が一緒に舞台を作っていく、発信していくことを劇場が仕事として担っていく、そういうことは非常に今日的な劇場のあり方として意味があると思っています。つまり、共に生きるということを実践してみせる場所としての劇場だと思っています。

もう一つ劇場の価値についてお話したいと思います。皆さんのお手元にチラシをお配りしています。見ていただけますか?

鳥の劇場のチラシですが、『老貴婦人の訪問』『兵士の物語』というのを入れています。今度の2月と3月に上演するものです。近藤さんのお話で、現代社会はどういう社会か考えましょうというお話があったと思いますが・・・ロシア革命が100年前にありました。100年前は第一次世界大戦をやっていました。たとえばロシアという国は1922年にできて約70年で国が滅びました。戦後の体制、近藤さんがおっしゃったような戦後の体制は70年という期間でもって、一般的に人間の寿命のような時間の中で1つの大きな変革を迫られています。

私たちは演劇という表現を通じて、それはもちろん一面、娯楽ではあるのだけれども、同時にそれを通じて社会について考えるということを投げかけてきました。演劇は社会について考える重要なメディアなのだということを強く発信してきました。たとえば、2月に行う『兵士の物語』、ストラビンスキーの名作で皆さんも音楽をお聞きになったことがあると思います。

どういう物語かというと、ある兵士が悪魔にバイオリンをうっかり渡してしまう。バイオリンは人間の魂、人間的な音楽を楽しんだり何かを美しいと思ったりすることの象徴としてのバイオリンを悪魔に渡してしまった。悪魔がくれたものは何かというと、未来を予想できる本をくれたんです。映画の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に似たような話があります。未来のことが全部わかる本を悪魔がくれました。それによって兵士はじゃんじゃんお金が儲かるようになる。ビジネスとしてバンバン成功する。

つまり、兵隊は戦争がいやだって思っていた。そしてそれから逃げたいと思い、音楽を奏でていたけれども、うっかりその音楽を渡してしまって、気づいたら完全に経済の兵隊になっていた。そして、バンバン経済的に成功して儲かっていく。しかし、気づいたら心がむなしくなった。心がむなしくなって今度は後半でおとぎの国のような幻想の世界に入っていく。何だかわからないお姫様のいる世界に入っていって、お姫様を救出するということに挑戦をした。夢の世界では、お城に入ろうとしたら入れてくれるし、その世界では何もかもが成功するということが起きるんです。そして、お姫様を獲得することができたかのような展開をします。何もかもが上手くいくように。しかし、ある瞬間、夢が覚めたらやはり彼は戦場の中にいた、どうも夢にすぎなかったのかというオチになる。

これは1918年に初演されたものです。11月11日に第一次世界大戦が終わります。その前の9月ぐらいにスイスで初演されたものですが、だいたい100年ぐらい前に武力とか経済の関係とか人間の欲望とか、本当の幸せって何だろうねということについて考える作品を、ストラビンスキーがロシアの民話を基に作っています。

たとえば私たちはこういうものを使って今の社会のあり方をみつける、みつめることはできないだろうか、そんなことを思うわけです。さきほどのじゆう劇場では、今年は宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を公演しました。『銀河鉄道の夜』の中で、主要なテーマというのは、〈人間の本当の幸せって何なのか〉ということです。高度経済成長の時代、幸せは何かと言えば、お金持ちになること、生活を便利にするものを手に入れることだというふうに、わかりやすい時代だったと思います。しかし、今の時代、よくよく考えてみると、本当の幸せは何だかよくわからないし、みんなの本当の幸せが同じわけがない、人によって幸せは違うはずだと。そのことについて考えていきたいよね、ということを投げかけています。

『銀河鉄道の夜』は、非常に宗教的な面白い作品ですが、こういう作品にもすごい大きな現代性があると思います。演劇の世界に、ベルトルト・ブレヒトという人がいます。『三文オペラ』など有名な作品を書いています。この人は19世紀の終わり1898年に生まれています。宮沢賢治もだいたい同じタイミングで生まれています。両者とも社会が貧富の差が拡大していく中で、そういう社会の負の力によって人間が抑圧されていくことに対する問題意識をもって作品を書きました。ブレヒトは闘争的な、挑発的な作品の書き方をしました。宮沢賢治は独特な童話的な世界を描きながら、世界がどうあるべきかということを考え続けました。

私たちの活動は、演劇というものを通じて、演劇という方法によって、過去の世代の社会についての問題意識や考察を現代とつなぎながら、現代をみつめるということをしていく。それをやり続ける場が劇場なのです。

劇場が価値創造のハブになる

最後に3つ目、劇場の役割ですが、私たちは9月に鳥の演劇祭というものを開催しています。鹿野町の中にいくつかの劇場を仮設で作ったりしながら、3週末ぐらいにわたって、国内外から招いた作品を上映するということをやっています。その開催を今年も9月にやろうと思っています。今度10回目になるので、地域の人の意見も聞いてみようかなと思いました。つい先日、ある一人の人に地域の人が作るダンス作品についてどうやったらいいかな、ちょっと意見聞きたいと話をしました。その人が、Mさんという方ですが、11時半だったら劇場に行けると言ってくれので、来てもらうことにして、申し訳ないけどお待ちしますと。そして、Mさんが来てくれるんだったら、Sさんも来てくれないかなと思って、Sさんにも電話したみたら、いいよとのお返事。ちなみにSさん11時半はどうですかと聞いたら、行けるよと言ってくれました。二人来てくれる。そしたら市役所のNさんにも電話しようと思って、11時半にNさんどうですかと誘ったら、行けると言ってくれて、6人ぐらい地域のキーパーソンが集まりました。

皆さんご存じのように日程調整はすごく面倒くさいですよね。キーパーソン集めて日程調整をしようと思うと、それだけで疲れるということがけっこうありますが、5分ぐらいの電話で11時半にみんな集まるということができました。これは本当に地域の力だと思いました。たまたまもあると思いますが、商工会議所だったり市役所だったり、アートの作り手だったり、いろんな役割を果たしている人たちが地域の中ではさっと集まって話を進めることができます。こういうことは非常に重要な発信力、まずはアイディアを作り、それを広げていくということになっていく、ということを思いました。劇場が地域におけるそういう価値創造のハブ、現場になることができるということなんですね。10年の蓄積がなければできなかったこと、あるいは具体的な場というものがなければできなかったことではないかと思っています。

今日は初めの話題提供として、一つはじゆう劇場を通じての共に生きることの具体的なあり方を社会に示していくこと、二つ目に社会を考えるための一つのツールとして演劇と劇場にできること、現代劇を通じてできること、そして三つ目に地域づくりのハブとしての劇場の役割をお話ししました。どうもありがとうございました。

Profile

中島 諒人

中島諒人 NAKASHIMA Makoto

演出家/鳥の劇場芸術監督
鳥取大学非常勤講師
鳥取県教育委員
日本BeSeTo委員会代表
公益財団法人舞台芸術財団演劇人会議理事

1966年鳥取市生まれ。1990年東京大学法学部卒業。大学在学中より演劇活動を開始、卒業後東京を拠点に劇団を主宰。2004年から1年半、静岡県舞台芸術センターに所属。2006年より鳥取に活動拠点を移し、鳥の劇場をスタート。2000年以上の歴史を有する文化装置=演劇の本来の力を通じて、一般社会の中に演劇の居場所を作り、その素晴らしさ・必要性が広く認識されることを目指す。主な演出作品として「天使バビロンに来たる」(作:F.デュレンマット)、「白雪姫」(グリム童話より)。利賀演出家コンクール2003最優秀演出家賞、芸術選奨文部科学大臣新人賞(2009)、鳥取県文化功労賞(2015)などを受賞。