熊山遺跡の謎に再挑戦、学問的解明と周知普及を目的にしたシンポジウム

団体名:熊山遺跡群調査・研究会
代表者:出宮徳尚 所在地:岡山市 設立年:2000年 メンバー数:109名
助成年度:2015年度 文化活動助成

目的

熊山遺跡群調査・研究会の創立15周年を記念して、今なお謎に包まれたままの熊山遺跡の学問的解明と、周知普及を目的にしたシンポジウム。熊山遺跡は、昭和11,12年の盗掘で天井部分が破壊され、石積みの中央部分に築かれた竪穴の中から陶製の筒型容器などが被害を受けた。この筒型容器は天理大学の天理考古館に持ち込まれ、現在も大切に保管されているが、そのほかの三彩の小壺、文字が書かれた革製品などは行方不明になっている。
その後昭和48年に石積みが崩れかけたため遺構の緊急調査が行われ、2年かけて石積みは修復されたものの以後発掘調査などの学術調査は行われていない。
研究会では、遺跡について語られてきた「太陽神説」「戒壇説」「経塚説」「墳墓説」「仏塔説」などの説を検証すると共に、韓国にある熊山遺跡とよく似た形式を持つ石積み遺構の実地調査を行ってきた。
また日本と韓国の専門家によるシンポジウムを、県内や韓国で計6回にわたって開催し、石積遺構は「寺院に伴う仏塔」という見解を強めたが、結論には至らず、今回のシンポで更なる学問的進展を目指した。

内容・経過

タイトルを「創立15周年記念シンポジウムー熊山遺跡仏塔説をめぐる諸見解」(7月18日(土)岡山県天神山文化プラザで開催)とし、京都大学名誉教授の上原眞人氏、岡山理科大学教授の亀田修一氏、就実大学教授の曽根正人氏、当会の出宮徳尚会長による各20分程度のレクチャーとパネルディスカッションを展開した。準備には10人の理事で3か月を要した。会員は109名を擁しているが、年会費1000円での会場探しは厳しかった。しかし貴財団の支援によって岡山県天神山文化プラザが借用できて、収容人数、音響、駅からの距離など理想的な上、講師の謝礼や周知するためのビラづくりなどもでき、ありがたかった。
入場者は定員270席の会場がほぼ埋まる260人に達し、古代史フアンの熱気に包まれたのも嬉しかった。

成果・効果

今回のシンポは、熊山遺跡の謎を追う私たちの会の活動の一環で、これまでに有力視されていた「仏教説」を補完する形で実施した。東大寺頭塔を発掘調査した上原氏からは、東大寺頭塔と熊山遺跡との比較で仏塔説の再確認が試みられ、また亀田氏からは、熊山遺跡を含む古代邑久郡地域と朝鮮半島から出土した考古資料を基に、韓国にある熊山遺跡とよく似た石積遺構の「義城石塔」などとの関わりが指摘された。また曽根氏からは、遺跡の成立時期を8〜9世紀と想定し、その時期における日本仏教の教学と呪術との関わりで考慮すべきという提案が出された。しかし「仏塔説」への強まりは増したものの、決定打とまでには至らなかった。

今後の課題と問題点

国指定の遺跡のすぐ西下に「南三崖遺跡」と名付けられた石積み遺構があり、国指定史跡とほぼ同じ規模と形状を示しているところから、この発掘調査ができれば、これまでに展開されてきた様々な見解に決着を見ることができると期待されている。
この遺跡は出宮会長と岡山市文化課の職員による調査が行われており、形状や規模は判明したものの、瓦や供献物などは発見されてなく、発掘調査の必要性が指摘されている。このため今後調査費用の捻出と、関係する地方自治体の協力を求める努力が必要と考えている。

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