小学生の学力向上と心身の健やかな成長に寄与する運動・スポーツの条件に関する包括的研究 〜 運動習慣・身体組成・学業成績の長期追跡調査 〜
所在地:岡山県 助成年度:2014年度 教育活動助成
研究・実践活動のねらいと期待する効果
1ねらい
岡山県は、『スポーツ立県おかやま』を実現するための一つに“学校等における体育・スポーツ活動の充実”を基本施策とし、“運動好きな子どもの育成と体力向上の取り組みの推進”を具体的施策として掲げている。岡山県は、体力テストの成績が全国の上位から中位に位置しているものの、“1週間の運動時間が60分未満の割合が全国で最も高い”や“25%の小学生が1日の運動時間が10分未満”などの運動不足が心配される点もある。
運動・スポーツは、心身の健康に寄与することが広く知られており、さらに、近年、ヒトの認知機能の改善することも明らかにされ、学童期の学習能力の向上への応用も期待されている。すなわち、学校体育や課外活動の運動・スポーツは、児童生徒の健やかな心身の発達だけでなく、学習能力の向上にも寄与できると考えられる。しかし、これまで、小学生については、どのような体力要素やスポーツ種目が認知機能に関与するかが不明な点が多い。本研究においては、体力・スポーツ動作が認知機能に貢献するかについて、長期的視点で分析することを目的とし、平成26年度については、体力・スポーツ動作と認知機能の関係性に関する横断的分析を行った。
2期待した成果
本研究事業は、児童生徒の運動習慣と身体組成を調査し、運動が心身の健やかな成長を介して学力向上の及ぼす因果について発育発達を加味して客観的に明らかにすることであった。さらに、本事業は、研究成果の一般化と還元の観点から、岡山県内の教育事情や環境条件を鑑みた運動・スポーツの方法の学習方法を検討することも特長であった。これまでの研究成果の単なる応用でなく、特に、小学校での教育事情を十分に反映した実践的なプログラムを提案することを目的とした。
研究・実践活動の内容と方法
1研究要約
本研究は、体力・スポーツ動作と認知機能の関係性に関する横断的分析を行い、小学生の学力向上と心身の健やかな成長に寄与する運動・スポーツの条件を明らかにすることを目的とした。対象者は、岡山県内に在住する小学生63名であった。全ての対象者は、形態・身体組成、体力・運動能力の測定を行った。また、生活習慣と学業成績を調査した。スポーツ機能を測定した。その結果、本研究の対象者の体力(スポーツテスト)の結果は、岡山県の平均値に比して高値であった。学業成績は、スポーテストの項目のうち、握力とシャトルランテストとの間に関連を認めた。認知機能に関連する実践的なスポーツプログラムとして、サッカーのパス技術を応用した方法を考案した。この方法は、標準的なサッカーのパス技術テストならびにパソコンで行われてきた認知機能(注意機能など)を組み合わせた方法であり、通常の教育現場が保有する機材(サッカーボール、ゼッケン、パソコン、ビデオカメラなど)で簡便に実施できる。今後は、本法の実践性の向上とその普及に関する事業を展開する見込みである。
2研究方法
全ての対象者(63名)について、自記式質問紙調査表にて、生活習慣(食事、睡眠、学習状況など)を調査した。本研究は、対象者(本人)ならびに後見人(保護者など)から参加同意の署名を得た。すべての研究過程は、ヘルシンキ宣言に従い、事前に倫理委員会の承認を得た。
調査項目は、形態・身体組成、体力・運動能力の測定を行った。また、生活習慣と学業成績を調査した。形態・身体組成は、身長、体重、体脂肪率を測定した。身長と体重は標準的計測法にて測定し、体脂肪率は、インピーダンス法にて測定した。得られた体脂肪率から脂肪量と除脂肪量を算出した。体力・運動能力は、新体力テスト実施要項に従い、握力、上体起こし、長座体前屈、反復横とび、20mシャトルランおよび立ち幅跳びを測定した。サッカー技能として、30m走、パス&ドリブル(リフティング、ボール蹴り、膝伸展筋力を測定した。サッカー技術の測定に関しては、アディダスmiCOACHシステム(アディダス社製)を用いて、ボール速度、回転数などを測定した。同システムは、加速度計などが内蔵されたサッカーボールとiPodtouch(アップル社製)をBluetooth接続にて連動し、ボール内の加速度の変化を算出する原理である。学業成績は。調査前年度の成績表を用いた。
認知機能に関連する実践的なスポーツプログラムの開発として、サッカーのパス技術を応用した方法を考案した(下図)。この方法は、標準的なサッカーのパス技術テストならびにパソコンで行われてきた認知機能(注意機能など)を組み合わせた方法である。対象者は、パソコンに表示された文字の意味(色)を判断し、5m先のゴールに向かってボールを蹴る。試験は、文字の色が意味と一致する単純課題と文字の意味と色が異なる複雑課題の2種類で行われた。試験終了後に横方向からビデオ撮影された映像により、パソコンの指示に従って動作(パス)がなされたかどうかを判定した。これらの調査の全ては、2014年6月から2015年3月までの間に岡山県総社市内(岡山県立大学内)にて行われた。
得られた成果及び評価
本研究の対象者の体力(スポーツテスト)の結果は、岡山県の平均値に比して高値であった。特に、20mシャルランテストと上体起こしに顕著な差が得られた。また、体力テストの結果、形態・身体組成、サッカー技術は、年齢との間に有意な相関性が認められた。学業成績との関連性においては、スポーテストの項目のうち、握力とシャトルランテストとの間に関連を認めた。一方、形態・身体組成ならびにサッカー技能テストの成績は、学業成績との間に有意な関連を認めなかった。
本研究にて開発した実践的な認知機能の評価プログラム(図1)の成績は、既存の方法により評価された認知機能ならびに学業成績との間で関連性を認めた。
残された課題とその解決への展望
本研究にて開発された認知機能を評価するための運動能力テストは、通常の教育現場が保有する機材(サッカーボール、ゼッケン、パソコン、ビデオカメラなど)で実施できる。これまで、運動・スポーツは、早朝の運動が午前中の授業での学習効果を高めることなど、認知機能に直接的に関係することが分かっている。また、運動と認知機能を同時に行う(デュアル課題)は、認知機能の向上に一層に貢献することが分かっている。本研究で開発された運動能力と認知機能の評価システムは、経済性と実践性に優れる。また、現在、実用性を考慮し、現在の小学生男女に最も人気の高いスポーツであるサッカーの技術を合わせることにより、学校現場だけでなく、放課後の課外活動での活用も意図している。今後は、本研究によって開発された方法をより簡便化ならびに小型化することを目指し、その実践性を向上させる必要がある。
また、本法は、評価機器としてだけでなく、遊具としての活用も期待している。認知機能は、継続的な活動により顕著に向上することが分かっている。本法の継続的な利用が認知機能に及ぼす影響や学習効果に対する効果についての知見が期待される。子どもの体力低下が学習意欲やメンタルヘルスに関係することを示唆する知見が集積されており、本法がその解決の一助となることを期待したい。