遺族による「命の授業」の実践を踏まえた教材つくり
代表者:川﨑 政宏 所在地:岡山県 助成年度:2010年度 教育活動助成
研究の目的
暴力やいじめによる事件を防ぐため、子どもを犯罪で亡くした遺族が「かけがえのない生命」の大切さについて若い世代に語り継いでいく犯罪被害者遺族による「命の授業」は5年目に入りました。遺族は命を語り、心の痛みを共有し、子どもたちが自分を大切にし、他人を大切にしてほしいという思いを伝えています。今回、こうした実践を踏まえて、教材つくりを試みることを目的としています。
研究の経過
1これまでの実践
2006年12月の赤磐市立吉井中学校から始まった「命の授業」は、2007年7月の岡山市立富山中学校から岡山県、岡山県警、岡山県教委との協働事業となり、2008年4月から県予算もつき、現在まで5年間にわたって続いています。
最近5年間では、2006年度に5校(750人)、2007年度に24校(10,460人)、2008年度に44校(17,000人)、2009年度に32校(15,200人)、2010年度に41校(13,000人)で実施しています。
2010年度の内訳は、小学校3校(510人)、中学校23校(8,080人)、高校8校(3,772人)、大学7校(635人)でした。
2実践を踏まえた最近の傾向
①犯罪被害者遺族による「命の授業」は、県警との協働の当初は少年補導員が行う「心の教室」活動の一部とジョイントする形式で行うことから始まりました。非行防止の視点と生命尊重教育の視点とをあわせて行うものが多数でした。徐々に、「命の授業」だけで、高校の人権教育の時間を用いたり、中学校で道徳の時間やLHR、総合学習の時間を用いて行う機会が増えました。
小学校からの依頼が増え始めたのは、いじめ防止教育の観点からで、最近は小学生高学年を対象とする授業も少なくありません。
2010年5月の岡山県いじめ防止推進大会でパネリストとして参加する機会を得られたことも影響しています。また、端的に校内でいじめ問題が顕在化している県外の中学校から生命尊重といじめ防止を目的として緊急対応として招かれて授業を行った事例もありました。
②中学校、高校へ出向く仕組みとしては、岡山県内では左下記チャート図による授業の定着化が進み、他県での取組のモデルにもなっています。
③2010年度は、大学に出向く機会も増え、医学部、社会福祉学部、教育学部などの学生に語りかける機会が得られました。特に、「いのち」と向かい合う医師や看護師、社会福祉士をめざす学生たちとの質疑や交流は意義深いものがありました。
これは、2008年度、2009年度の警察庁のモデル事業の成果を踏まえ、2010年度に警察庁が「社会全体で被害者を支え、加害者も被害者も出さないまちづくり事業」に取り組むようになり、その一環として、大学での講義及びボランティア活動の促進が盛り込まれているため、県外からの講義依頼があったことによるものです。
④また、11月27日に熊本県人吉市で開催されたフォーラムは「いのちの一行詩」運動と「命の授業」をジョイントしたもので、小中高生だけでなく、一般の応募もあり、社会全体で「いのち」を考えていく取組として貴重な機会を得ました。
研究の成果
こうして犯罪被害者遺族による「命の授業」の取組みが、小学校、中学校でのいじめ防止教育、中学、高校、大学での生命尊重教育まで、幅広く理解を得て、学校や地域に出向く機会を得ることができるようになりました。
一方で、遺族が生の声で体験を語り、会場の子どもたちとの言葉だけでない心の交流が授業の現場にはあります。なかなかビデオ録画や教材による授業では代替できない部分があることにも気付き、普遍的な教材作成の限界も理解できました。
ただ、子どもたちが「命の授業」を聞く際に、後から振り返って確認したり、他の事例を読んでもらううえで、これまで「命の授業」に出向いた遺族の方たちの体験談を整理しつつ、また「心の教室」当時から一緒に中学校に出向いている少年補導員の方の随想をまじえて冊子化を試みました。
現在、いじめ防止だけでなく、自殺防止や交通安全の視点も取り入れて「命の大切さ」を語るよう状況に応じて工夫しているので、今後は更に改善しつつ、版を重ねることを検討していきたいと考えています。
今後の課題
犯罪被害者遺族による「命の授業」の取組みは、各学校で教職員の方々が地域の方たちとともに、真剣に聞いてくださり、2010年度は3年前、4年前に一度出向いた学校から再度の依頼を複数受けました。授業を聞いた生徒たちが卒業したので新たな生徒たちに聞かせたいという依頼でした。こうした依頼はNPOにとってもありがたく、おそらく先生方や地域の方たちが心にとめて繰り返し伝えていこうという姿勢のあらわれだと感じました。そして、先生方も「命の授業」を複数回にわたり聞いてくださる方が増えてきており、その都度新たな気付きがあるとの感想もありました。静かに草の根で取組が広がっていくことに感謝したいと思います。
ただ、語り続ける遺族の心理的負担はかなり大きく、全国的に事業化が進めば進むほど語り手の疲弊という課題に直面しています。事件当時へのフラッシュバックへの配慮が必要であり、理解ある伴走ボランティアが同行することで授業前後の心理的負担を軽減したり、全国各地の語り手のネットワークを作ることで、互いの情報交換やピアサポートをしていくことも大切なことであることを確認しています。
長期的な取組としては、今後は犯罪による被害者遺族だけに限定するのではなく、「いのち」を語りかける地域の様々な方たち(たとえば交通事故や自殺で大切な家族を亡くした方やいじめ被害の体験者など)との連携により取組みを根付かせていくことも大切だと感じています。