自閉的傾向のある児童が心理的に安定した状態で学習活動に取り組めるための支援に関する研究

団体名:応和 信宏  岡山県立西備養護学校(現所属:矢掛町立小田小学校)
所在地:岡山県 
助成年度:2008年度 教育活動助成
  • 支援者を隣に安定した状態で活動に取り組むA
  • 感覚過敏で寒さを苦手とするAも集団の中で落ち着いて活動に取り組む

研究の目的

特別支援学校では、多様な障害のある子どもたちが共同生活を送るため、個々の実態に配慮した支援方法を確立し、支援を行うことが大切である。自閉的傾向のある児童の学習活動が円滑に進展するための大前提として、心理的に安定した状態が維持されることが必要不可欠である。しかし現実には、個々に有する強い習性(こだわり行動)のため、学習が停滞したり、活動の再開に向けてのきっかけがつかめなかったりすることも多い。そこで、そのような実態のある児童が、落ち着いて学習活動に取り組めるための支援方法について、実践をもとに検討したいと考えた。ワロン理論の「情動の共有」に着目し、それを基本にしたかかわり(スキンシップや寄り添い等、共感的理解)を前提にした支援を継続することが「心理的安定」に深く結びついてくると考え、実践に進んだ。本研究では、児童とのかかわりの中で「情動の共有」を継続することが自閉的傾向のある子どもの情動を育み、心理的に安定した状態に導くことにつながるという仮定に基づき、このような児童が落ち着いて学習活動に取り組めるための支援のあり方について、実践を通して明らかにしたいと考えた。

研究の経過

学校生活の中で、心理的に不安定な状態に直面した時、支援者が「情動の共有」を図ることで、A(本研究対象児:知的障害部門小学部第6学年)がどのような心理的な変化をもたらすかについて、実践と結果を以下に述べる。また「情動の共有」を実現するための効果的な手立てについても併せて検討した。

1朝の活動(登校してから更衣までの時間)時におけるかかわり
登校後、他の児童より先に教室に入ってからの活動はスムーズに行えるが、他の児童が先に入室しすでに活動を開始しているような場合には、活動に移行しにくくなり、大声を出す・かばんを投げつける・他人を叩いたりつねったりするなどの他傷行為をとる、等の行動が観察された。自分が一番でないと気がすまないAの性格の一面が感じられるが、まずAの行為を受け容れ、手を優しく握って寄り添うようにした。2学期の半ば頃には、教師に対するAの表情が和らいできた。

2クラス単位(小集団)での学習(主に生活単元学習)時におけるかかわり
多動を併せもつAにとって「待つ」ことは非常に難しい。椅子に座り話を聞くことができず、ペースを乱し不安定な状態になることもある。それが原因で教材を破ったり、投げたりする。ペースをできるだけ維持できるように活動内容を細分化し、提示するようにした。Aへの配慮を表情や態度で伝える代わりに、授業に集中してほしいという教師の願いも伝えるようにした。

3小学部全体(大集団)で行う活動(体育や音楽、運動会や文化祭等)におけるかかわり
普段ほとんどかかわりのない他者とは、場を共有することさえ困難であり、大声を発したり、その場から走り去ったりする行動がしばしば見られた。極力「待つ」時間を省くため、その場に行くと同時に活動が開始するという形で行事に参加した。それでも不安定な状態が続く時には、おんぶや肩車など、Aの好きなスキンシップを図りながら心地よさを共有するようにし、大集団の中でも常に自分を認めてくれる絶対他者をイメージできるようにかかわった。そのことで、その場から走り去り逃避するという行為は減少した。

4個別的な他者とのかかわりの場面(休憩時間など)
個人のスペースの中で一人遊びをすることが多く、他者とのかかわりもこれまでは「情動の共有」をめざした教師が主であった。しかし、Aがクラスメイトの児童の名前を自然に発するようになったり、軽く手を出し相手が怒って追いかけてくることを楽しんだり、特定の児童が廊下に出た隙を見てドアに鍵をかけて入れなくしたりして楽しんだりと、教師に対しては見せることのない、子ども同士に限った遊びで自ら他者にかかわりを求めるという一面も見せ始めた。その時は「楽しい」という気持ちが見て取れるような笑顔をしている。このような軽いいたずらの要素を含む行動は、相手の存在を受容するということが前提となる。「情動の共有」が実現した教師とのかかわりを背景として、積極的に人間関係の広がりを希望する姿勢が感じられるようになった。

研究の成果

これまでの実践を通して明確になったことは、自閉的傾向のある児童に対しても、教師が同じ感性的状態に立てるように努力を続けること(情動を共有すること)で、自分の中に他者を認める素地ができ、それが人間関係の深化につながっていくことが可能であるという点である。人間関係の深化は、児童の心理的な安定を促進するうえで、やはり大きな役割を果たしていると推察される。
そのかかわりの過程で2つの支援上の留意点をまとめることができた。
①楽しい体験から芽生える満足(充足)感を共有できたことを、表情や態度、言葉で伝えること。
②こだわりの特性を共有できる人間関係内だけのルールを作ること。
自分を認めてくれる他者がいることへの安心感を背景に、また、そのことが集団参加をも助長し、困難とされてきた活動をも克服することができるという結果を導くことができたといえる。これは、人間関係の広がりを期待するうえでも大きな意義があるといえる。

今後の課題

「情動の共有」を強調して、しすぎることはないが、どの児童にも画一的な姿勢で接するのでは意味がない。かかわりの過程で、個々の児童の情緒的な実態を的確に把握することから始め、それに基づいて具体的な接し方を検討すべきである。その延長線上に、より理想的な個別の人間関係像が具現化してくるものと思われる。小学部段階の児童にとって、知育と同等以上に情動面を重視したかかわりがとくに必要であると考えることができた。
次に、今回の実践事例から、A自らが周りの児童、教師にも能動的な態度でかかわりをもち始めたということは、周囲の他者へも広がり始めたということに他ならないと考えられる。今後は、児童が大きな集団の中での場を共有(他者と場を共有し、一つの活動に対して共に取り組む)すること、児童の「社会性」をどのように促進させていくかが課題になるといえる。支援者との人間関係の深化をもとに、人間関係の広がりを確かなものにしたいと考える。

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